第5話 ソラ君 蜘蛛の糸
「コバヤカワソラ ニュウリョクセヨ」
またコンピュターの声がする。部屋全体に響いている感じだ。
「ソコニアル ヘッドホン ツケヨ」 ふたり分の黒いヘッドホンがパソコンの両脇に置いてある。私も美月も装着した。
突然、前後左右から壁が現れた。今まで見たことのない金属が上部で融合して、卵ように丸くなり、テントを張ったようになった。
「UFOの中にいるみたい。スゴいね!」
「美月はUFOに乗ったことあるの?」
「あるわけないでしょ。でもさっき、同じ状態の席があったね。そこにソラ君がいたんだよ」
入って来たとき、人の気配を感じなかった違和感はこれだ。思い出すと3ヶ所位卵型をした状態になっていた気がする。
「ガメンニ コバヤカワソラ トウジョウデス」
「……ソラ君がいる。美月、見て、ソラ君が」
「ほんとだ‼ なんで?あんな所にいるの?」
これはテレビなのか、流行りの動画なのか、それとも未知のものなのか?
私は美月にしがみついた。珍しく美月も私の手を握り返してくる。画面に食い入る私たち。
▣ ▣ ▣
「御釈迦様にもの申します。なぜカンダタをまた地獄に落とし、あなた様は、ぶらぶらと散歩をされているのですか?」
「ソラ君の声だ。何なの御釈迦様とかカンダタって言ってるよ。誰と話しているの?」
「私にも分からないよ」
画面の中はソラ君のアップ。こんな真剣なソラ君初めて見た。
急にアングルが変わる。光に目を奪われた次の瞬間、仰々しい声がヘッドホンから鳴り響いた。今まで聴いた事がない音の世界だ。
「まさか、御釈迦様じゃないよね?」
美月の声も遠くに聴こえる。
「カンダタに一縷の望みをかけた私が愚かでした。蜘蛛の命を助けた1つの善に目を止めましたが、根っからの悪人は救いを施す価値もないのです」
御釈迦様が蓮の白い花をクルクル回して答えている。此処は極楽浄土なのか、金色の世界だ。
「一度助けるとのあなた様のご意志は、そんなに簡単に覆るものなのですか?」
またソラ君が質問している。今度はアップではない。ソラ君は蓮池のふちに立って、上の方を見上げている。正面は倍の背丈の御釈迦様だ。
「ご覧なさい。カンダタはすでに、血の池で蛙のように、浮いたり沈んだりを繰り返しています。永遠の滅びがカンダタに下されました。それよりも、罪人達が蠢いてひとりひとり落ちていくのが見えますか?カンダタの一人だけ助かりたいという強欲のせいなのです」
またアングルが変わり、裸の罪人達がはらはらと花びらのように宙を舞っている様子が写し出された。
「銀色の蜘蛛の糸を垂らすときに、何故、助ける理由を説明しなかったのですか?カンダタは1つの善が、命の救いの源だと確信していれば、ウヨウヨと蟻の行列のように登ってくる罪人を蹴飛ばさなかったはずです」
「小早川ソラに聞く。こはいかに?」
「こはいかにって出たよ。なんかの暗号かな?」
「……しっ、ソラ君がなんて言うか聞こう」
「俺はこう考えます。世の中に根っからの悪人などいない。もし悪人を定義づけるのならば、故意に罪を犯す者に与える。遺伝や育てられた環境、人間の本来の不完全さにより罪を犯してしまった者は悪党だと思います。悪人ではない。カンダタがどんな行動に出るのか、楽しみ事の1つとして賭けをしたあなたこそ悪人だ」
「……やばくね?ソラ君、何を血迷ったか御釈迦様を悪人呼ばわりしてるよ。勇気あるね」
「御釈迦様、なんて言うんだろう?」
「あなたがカンダタならばどう行動しましたか?」
そうきたか。人間ごときに悪人呼ばわりされて穏やかに聞き返すのはやはり御釈迦様だ。
「まず、俺は地獄に落ちない生き方をする。殺人も盗みも、放火もしない。本当に極楽や地獄があるのかも怪しいけどね」
「極楽浄土の御釈迦様にけんか売ってるよ」
美月が吹き出している。
「タイムトラベル出来るのは、物語の中だけって言ってたよね。蜘蛛の糸の物語の中の御釈迦様なら何言ってもいいんじゃないの?」
私は混乱する頭の中を整理した。
「あなたの自問自答は終了しました。現代にお戻り下さい。お疲れ様でした」
画面の中のソラ君がその声にコクンと頷き、画面が切り替わる。案内の女の人が再登場した。
「どうですか?楽しかったですか?会員No3の小早川ソラ様はとても人気があります。登録者も増加しています。視聴者からのコメントが報酬の目安となります。あなたたちは、小早川様の紹介ということですから、本部も期待しております。物語の中の人物と会話して、<こはいかに>と問われたら、あなたの考えを述べて下さい。
そして今のようにアナウンスがあれば現代にお戻り下さい。その時も、<こはいかに>を言って下さいね。少し体に衝撃がありますが、すぐに慣れますからご安心下さい」
最後にタイムトラベルしたい物語を、次回の来店までに考えてくるようにと説明された。
「いいアルバイト先が見つかったね」
「……まだ夢を見てるみたい。明日ソラ君に詳しく聞いてみよう」
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