*目弱児(まよわこ)のはなし 四



 十日あまり四日のちです。

 その日、伝令の兵が東から走ってきました。あかときのみこのお帰りを告げる先触れです。

 王はつつがなく異民えみしを説き伏せ、あと一日ほどでこの村をお通りになるというのでした。村びとたちは喜びの声を上げ、いかに王をお迎えするか論じ合います。

 目弱児はこうした村びとたちの陰で、身をこわばらせました。


――あの男、帰ってくるのか。


 無事の報せに安堵する気持ちと、追い立てられるような焦りとが入り混じります。目弱児はまだ、おのれの思いを決めかねていました。


――だが、もしかすればあの男は、もはや言うたことなど忘れているやもしれぬ……。


 風にはためくうすぎぬのような、かろがろしい男です。

 あの妻問いはほんの気まぐれで、もう目弱児のことなど、どうとでもよくなっているやもしれません。

 そうでなくとも、都へ帰ればもっとい女たちがいるでしょう。

 強いて目弱児のような醜女しこめを問わずとも、みこに応えるものはたくさんいるはずなのです。


――そうだ。わたしはただ、なに食わぬ顔でいればよい。もしもあの男が通り過ぎれば、それだけだったということだ。


 目弱児は胸のうちでそう頷き、つねどおりに暮らしました。

 村おさに命じられた木の実集めや炊事かしきごとを手伝い、崩れた家々の葺きかえにも手を貸します。

 その合間に糸をくり、あるいは機の前にも立ち、日がな座る暇もないほどのせわしさでした。

 晩におのれの住まいへ戻ったときには、さしもの目弱児もくずおれてしまったほどです。

 目弱児は寝床へ倒れ、うつろな頭で考えました。


――……明日は、あの男が帰ってくる。


 あかときの王は、どのような姿であらわれることでしょう。

 武具をまとい、弓をばさんだいさましいなりでしょうか。それとも頬に傷でもつくって、されどもからりと笑うのでしょうか。


――あの痴れ者ならば、傷すらもおれの男ぶりが上がるであろう、などと言い出しそうだ。


 そのさまがありありと思い浮かび、目弱児は喉の奥だけで笑みました。とろとろと、まぶたに眠りがきざしてきます。


――さような姿を映せぬこの目は、少し、惜しい……。


 疲れ果てていたためでしょうか。目弱児は、いつになくすなおにそう思いました。

 そうしてかすかな痛みを抱き、まどろみの底へ沈み込んでゆくのでした。



 ――さりさり。

 という音が聞こえたのは、それからいかほど経ったころでしょうか。

 目弱児は、はっと目を覚ましました。

 痛むこめかみを押さえつつ、耳を澄まします。するとその音は、幾人かの足音として近づいてくるようでした。


「……ほんとうに、あの女をやるつもりなのか?」


 ひそめられた声は、どうやらわかのもののようです。別な声がその問いに答えました。


「かまわんだろ。おれとてあの女は気に食わなかったんだ、めしいのくせに威張りくさって」

「そうとも。くずはいい潮を与えてくれたな」

「小稚。お前だって、あれによく絡んでいたじゃあないか。おれたちと同じだろ」

「いや、だけれども……、」


 男たちが忍び笑うかたわら、小稚が苦々しく呻きます。目弱児は眉をひそめ、とっさに杖を掴みました。


――あ奴ら、村の下種げすどもだな。


 働かぬ男たちの中でも、とりわけ怠けぐせの強い者たちです。彼らの勤めといえば、酒と賭けごと、そして女を暴くこと――。

 脇を冷や汗が流れたそのとき、荒々しくすだれがはぎ取られました。


「……なんだ、起きていやあがったのか」


 男のひとりが、おやと眉を上げるように近づきます。目弱児は杖をふりかざしました。


「来るな下種ッ! わたしに触れたらその持ちもの引きちぎるぞ!」

「変わらず、勢いのいいことだな。――煩えよこの盲が」


 その瞬間、男に足を引っかけられました。

 目弱児はしたたかに腰を打ち、そのまましかかられます。杖が飛ばされ、必死でこぶしを振り上げました。


「ッこの――!」

「黙れ。おれたちがお前を女にしてやるんだ、むしろ喜べ」


 先頭かしらの男が、目弱児のこぶしを掴んで噛みつきます。痛みと唾のねばりけが気味悪く、ぞっと怖気立ちました。

 先頭は、おいとほかの男たちを呼びつけます。


「少しばかり、やれ。そのほうが吾たちも楽しかろう」


 応といういらえとともに、男たちの手がいっせいに伸びてきました。

 鼻をふさがれ、開いた口に指を突っ込まれます。

 ほかの手が衣をむしり取り、粟だつ目弱児のはだを撫でました。むなを探られ、寒さにそそけ立つ尖りを嘲笑われます。

 そして先頭の男は、目弱児の女陰ほとに手をかけました。


「――ッ!」


 喚いて蹴り上げようとしますが、男に足を捕まえられます。それでも目弱児は、しゃにむに暴れて抗いました。


――抗いをやめたら死ぬ。否いっそ、舌を噛みきって死んでやりたい!


「っやめ……下種ッ! わたしを放せッ!」


 首をふり、髪をふり乱して叫びます。ですが男たちはその抗いすらもせせら笑い、目弱児の腕や足を封じました。


「ほんとうに、こいつは煩い女だな」

「大した見目でもないくせに、気位ばかり高くていやがる」

「おら、口を開け――」


 上顎と下顎を両の手でこじ開けられ、別な男がむわりと臭う持ちものを口へ押し込めてきます。

 目弱児のまなじりから、勝手に涙がこぼれ落ちました。


――この男根はせを、いますぐに食いちぎってやりたい……!


 しかし顎は男に押さえられ、唸ることしかできません。男はおのれのものを、容赦なく目弱児の喉の奥まで突き込みました。


「歯を立てるなよ」


 口の中いっぱいに、感じたくもない熱のかたまりが出し入れされます。

 それと同時に、女陰を指で暴かれました。


「っぐう……ッ!」


 くろがねの棒を突き入れられたら、かような痛みが走るのやもしれません。目弱児は、せめても下腹に力を入れて、男の指を防ごうとしました。

 ですが女のからだというのは、そのように成っているものでしょうか。

 指を差し抜きされるたびに、目弱児のはだはぬめってゆきます。男がおもしろげに笑いました。


「なんだ、盲でも女なのだな。きちんと女の匂いがするのじゃないか」


 男は、指についたぬめりを舐め取ったようでした。

 その合間にも、口をふさぐ男のほうは、息を荒げて腰をふり続けています。やがて、ぐんとはち切れるような気配がしました。


「――う、……ッ!」


 生ぐさいものが口にあふれ、鼻まで逆巻いて咳き込みます。目弱児はたまらずに、首をそらして吐き戻しました。

 男たちは、目弱児の醜い姿を見下ろして笑います。


「汚ねえなあ」

「まあ、噛みつかなかっただけ上出来だ」

「おれも、もっとぶちまけてやろうか――」


 男が入れ替わり、新たな男根を口に押し込めてきました。

 それとともに、女陰をもてあそんでいた先頭かしらがおのれの衣をくつろげます。


「そろそろ、いいだろ。――ほら、お前は女になるのだぜ……、」


 吐き気をもよおすような熱さが、膚にあてがわれました。目弱児はふるえる足を、どうにかこらえて踏みしめます。


――これならば、あの痴れ者に奪われるほうがまだよかった……!


 目をつぶった耳の奥で、大らかな男の笑い声が弾けます。目弱児はそのおもかげを思い出し、固く息をつめました。

 そのときふと、ぶんと空を薙ぐ風が走り抜けます。

 一瞬すべての時が止まり、次いでかな臭い雨がほとばしりました。目弱児にしかかっていた先頭が、どうと横ざまに崩れ落ちる音もします。

 目弱児の口を犯していた男たちが、なぜか腰を抜かして喚き出しました。

 しかしその喚き声も、すぐさま同じ風に斬り捨てられた様子です。続けて倒れ伏す音が響き、金気の臭いも濃くなりました。


「……な、に……?」


 目弱児はわけがわからず、よろめきながら起き上がります。その肩に誰かがはおりをかけました。


「無事か、そなた! 間に合わなんだか!」

「……おまえ、」


 目弱児を包み込んだのは、なつかしい男の匂いです。

 あかときのみこは、汚れた目弱児の口や鼻を、懸命におのれの袖でこすりました。


「ああこの下種どもめ、女をかように扱うとは! もっとから殺めるのだった……!」


 王は恐ろしげなことを叫びますが、せわしない手の動きには、どうにもこの男らしいおかしみがあります。

 目弱児は、思わず気の抜けた笑いをこぼしました。


「……下種とて、おまえもわたしにとっては、似たようなものであるぞ。悪食あくじきの色狂いだ」

「痴れたことを言え! おれは美味いものしか食わん!」


 王はまるで、童がふんぞり返るようにして答えました。目弱児はとうとう噴き出してしまいます。


「おまえ、やはり痴れ者だな。おかしすぎて、はらわたがよじれそうだ」


 目弱児はくつくつと笑いながら、男の胸に頭をもたせかけました。額を擦りつけ、長くため息をつきます。

 王はその恐れを受け止めるように、目弱児の肩を抱きました。


「とにかく、いちど川で身を清めろ。おれが連れて行ってやるゆえ」

「……わたしを襲った、下種どもは?」

「それはじきに片づけが来る。こんな者どもよりも、そなたの身なりのほうが先だ」


 その直後、目弱児は王の腕に抱えられます。王は足元に転がったものを蹴り飛ばし、外へ出たようでした。

 目弱児はあたたかなそのはだに身をゆだね、初めてほっと安らぎます。

 それからひそかに、礼のことばを呟きました。


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