目弱児(まよわこ)のはなし 八
「そなたが、新たな
若き大君は、
まだ
しかし目弱児はそれよりも、大君のお声に目をみはりました。
――……似ている。
口ぶりはまるで異なりますが、この大君のお声は、
すなわち、目弱児のかつての夫――つい先ごろ病でお隠れになったという、第十代大君
いまではもう、むかしのことです。
二十と九年前、むすめであった目弱児は、ひとりの男と契りました。
あかと名乗ったその男は、まことの御名をあかときの
目弱児はさまざまなできごとののち、このあかときの王を受け入れました。
そのとき、胎に子を授かりました。目弱児は独りでこの子を産み、育ててゆくつもりでした。
ですが、子は生きては生まれてきませんでした。その亡骸は土に還され、いまも目弱児の住まいのそばで眠っています。
それからというもの、目弱児は決して夫を持ちませんでした。
あかときの王が大君となり、御名を
あるいは友の
目弱児は村にいて、彼らの消息を耳にしました。機織りの村の女として、つねにおのが手で生きてきたのです。
そうして目弱児は歳をとり、四十八となったこの年、
村から都へ、織り上げた布や糸を納めに上がる役目です。大君にも謁する機のある、村びとたちにとっては大きな勤めでした。
とりわけ今年は、大君が代替わりをされたばかりです。
第十代明時祇がお隠れになったあと、大君の位は甥であるくらひこの
すなわち、第十一代大君
この闇彦祇のご即位に際しては、いろいろと争いがあったといわれています。
その噂は機織りの村へも届き、村びとたちは、物見高い様子でささやきを交わしていました。
目弱児そのものも、新たな大君をたしかめてやろうという気持ちで村を出てきています。明時祇の後継ぎとなれば、どうしても気にかかりました。
――くらひこの王であった時分は、きまじめな、よき皇子と称えられていたようだが……。
ですが、いま目弱児が対している
目弱児は平伏して、
「新たなる従者のわたくし、目弱児が申し上げます。今年の貢は、まず絹と
ですがいくらことばを並べても、闇彦祇の御目は目弱児には向きません。
まなざしは目弱児を透かして通りすぎ、遠き死者の国でも見つめていらっしゃるように思われました。
――……この大君は……、
目弱児は、ひそかにこぶしを握ります。闇彦祇のたましいがここにない、そのことがもどかしいのです。
――この大君は、わたしの子であったやもしれぬのに。
死んだ目弱児の子も、おのこでした。
どんな声で、どんな見目で、どんなひととなりに育ちゆくかも知らぬまま、亡くなっていった赤子です。
ですが、もしも目弱児の子が生きてさえおれば、闇彦祇のごとき若者に生い立っていたやもしれません。明時祇とよく似た声の、いまを盛りの若きいのち――。
そう考えた途端、胸の底からあふれ出すものがありました。
――ああ、……。
憎い、と目弱児は思ったのです。
わが子は死して、この大君は生きている。目弱児は、もしかすればあったやもしれぬ行く末を亡くしたまま、その哀しみを深く沈めてきたというのに。
――わが子は死んだ。
その驕り。
生きている者であるがゆえに、死した者たちの痛みを知らぬ傲慢さ。
目弱児はそうした鈍さが憎らしく、憎くて憎くて、――されども、どこかいとおしいのでした。亡くしたわが子に、そして夫に重なると思えばなお。
「――以上、従者たる目弱児が申し上げます。どうぞお納めくださいますよう」
目弱児は
ですが闇彦祇は、やはり何の心もこもらぬお声でお答えになりました。
「もうよい、大儀であった」
「……は、」
そういらえても、闇彦祇はもはや、聞いてもいらっしゃらぬようです。目弱児は後じさりながら、ふるえる唇を噛みしめました。
――……わたしは、
見えぬ目を閉じ、それから思いきって身を起こします。
次はひしと瞳を開き、まっすぐに大君の気配を仰ぎました。
――わたしは死ぬまで、きっとこの大君を許してやれぬ。
勝手な恨みとわかっていても、目弱児はこの大君を憎むのです。
憎んで憎んで――そうしていとおしむのです。わが子のおもかげを大君の中に追い、胸もはらわたも刺し抜かれるような痛みに歯を食いしばりながら。
目弱児は背を正し、腹の底から声を出します。
「新たなる貢の従者として、大君様の長き
そのことばは、刃のごとく高御座へ向かいました。
この出会いからひととせのち、目弱児は欠け星という親なし子を拾います。また闇彦祇にも、かがよひの
そこから、目弱児のさだめも闇彦祇の行く末も、大きく変じてゆくこととなるのでした。
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