母親へのかくしごと
暗くなってもまだ帰ってこなかった私たちを、母はひどく心配したらしい。
自転車で夜の街を走り抜けて駅に到着したけれど娘たちは中々現れない。いても立ってもいられなくなった母は警察に連絡をしようと再び自転車に乗ろうとしたけれど、ふと四人の男女が視界に入ってきたためそれをやめたという。
何度瞳を擦っても、その男女のうち女子二名は自分の娘であった。頬をつねると無論小さな痛みが走る。夢ではない。
しかし目の前の光景がにわかには信じられず、母はその場で四人の様子をただ観察していたらしい。
内気な性格の夕梨がリラックスして会話できているからナンパなどでないことは明らか。あまつさえ眼鏡の方の男は由莉のことを名前呼びしているではないか。
眼鏡男が十二月だというのに薄着でいることに違和感を覚えた母。由莉の服装を見てみると、家を出た時のものは異なっている。つまりは……そういうことなのだろう。
大方状況を理解した母は、私たちが戸山君たちと別れ二人きりになった所でようやく声をかけてきて、現在に至る。
時計の秒針の音が私たちの耳を一定のリズムでつついてくる。向かいに座っている母に今日のことについての詳細を話さなければならい。それは分かっているのだが、固く閉じた口が緩む気配はない。
「もう三十分も黙りこくったままね。どうせその口が開くまで部屋には帰さないんだから、早く話した方が得よ」
「「……」」
どうしよう、どうしよう……!
ふと姉さんを横目で見てみる。彼女は目頭に涙を浮かべて小刻みにガタガタと震えていた。どうやら私以上に精神的ダメージを受けているみたいだ。
「は~や~く~」
タンタンタン……。前から爪と机のぶつかり合う音が響いてくる。あぁ、そろそろ母の堪忍袋の緒が切れてしまう。
「お、お母さん。あの二人の男性の内の、かっ、片方は──私の、恋人なんだ」
「ゆ、夕梨……」
妹の渾身のカミングアウトを目の前にして初めて姉に他人のことを考える余裕が生まれたようで、不安いっぱいの眼差しをこちらに向けている。
「へぇ……。夕梨に恋人ねぇ、へぇ」
深く俯いている母の表情は前髪で隠れていて窺うことができない。
私は今から母に何をされるのだろう。
怒鳴られるのだろうか?
殴られるのだろうか?
むしろ呆れられて、涙を流されてしまうのだろうか?
「ということは……前に臭うって話をした時、夕梨は平然と私に嘘をついたのね、へぇ」
ふとすきま風が私たちの頬を撫で、母の前髪を揺らした。その時一瞬瞳に映った光景は──母の笑顔だった。
「貴方たちはとても賢いはずなのに、どうしてこんな簡単なルールが守れないのかしら。……そんな悪い子たちは、外出なんて禁止よ」
「えっ」
「そんな……」
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