これもまた一種の自己解決
──完全に嫌われた。戸山君に。
きっと言い訳してももう遅いよね。どちらにせよ、遅かれ早かれこうなっていたんだろうし。
戸山君からは積極的に話しかけたりしてくれるけど、私は何もできていなかった。だから駄目なんだ。
彼には私の想いが伝わっていなかった。当然だろう。だって言葉にできないんだから。行動に表せないんだから。
いつもいつも私ばかり支えられて。頼って。与えられて。何もしなかったから愛想を尽かされたに決まっている。
自分でも認めようとしなかったのだから、そりゃあ、戸山君だってこんな奴嫌いになるよね。そうだよね。当たり前、だよ。
「夕梨ー、もう8時だよ。朝ごはん食べな〜」
「……食欲ない」
「それでも朝は食べなきゃ。ただでさえ、アンタ痩せ細ってんだからもっと肉をつけないと」
今日は姉と私二人きりの休日。息苦しくなくていいけれど、できれば一人が良かった。
「今食べてもどうせ、吐いちゃうよ」
「そんなになるほど悩んでるの? ……例の彼について」
「う、うん」
「そう。私は恋愛経験0だから解決の手助けとかはできないけど、愚痴とか不満とか、そういうのならいくらでも聞くからね」
「ありがとう。でも今は、いいかな」
愚痴を言う気力も湧いてこない。勉強だってしたくない。ただこうして毛布にくるまって時が経つのを待っていたい。
(嫌だ、嫌だよ戸山君……。別れたくなんてないよ)
私はなんて我儘なんだろう。
というか私、こんなに自分勝手な人間だったのか。初めて知った。
(──もしかして戸山君、私が自己中心的なことを言ったから、嫌いになったのかな)
そういえば幼稚園の頃に、こんな出来事があった。
珍しく母の仕事が休みになった土曜日に、女家族三人で仲良く手を繋いでのショッピング。
「このヘアピンみっちゃんのと色違いだっ。お母さん、私これ欲しい!」
四歳の馬鹿だった私は
すかさず母の右手が頬に飛んできた。表情に似合わず冷ややかな怒号も。
「みっちゃんって誰よ……!」
『みっちゃん』こと美月ちゃんと、私は大して関わりを持っていなかった。ただ彼女がさくら組の人気者で、私も少し憧れの気持ちを抱いていただけ。
(でもあの経験で、知っだんだ。私が我儘を言ったら、人を傷付けちゃうんだって)
あの日はお母さん。今は、戸山君。
私のせいで二人は嫌な思いをしてしまった。だから私は、私は……自分の意思で行動したらいけないんだ。
いくら頭に装飾をしたって、みっちゃんみたいに可愛くも、人気にもなれないのだから。
いくら自力でどうにかしようと藻掻いたって、それは戸山君にとって迷惑になるのだから。
大人しく母の言う通りにしていれば問題ないのだ。
大人しく戸山君に頼りっきりになっていれば、問題なかった……!
そうすれば戸山君は今まで通り屈託のない笑みで、私を幸せな世界へ導いてくれていたのだ。どうして下らない見栄を張ってしまったんだ、私は。
私などが足掻こうとしたところで、『勉強しかできないロクデナシ』に決まっているではないか。変に背負おうとするから、戸山君も私も苦しんでいるんじゃないか。
(本当は私なんかに苦しむ資格、無いよね……)
静まり返った場所に一人で居ると、どうしても明るい思考というものは姿を消してしまう。
今まで感じたことのない自己嫌悪が醜くネガティブな思いとなって、私の脳を食い荒らしていくみたいだ。
(最近の私は、人と関わることって素晴らしいなと考えてた。けど──本当にそうなのかな)
度重なる誤解。捻れゆく思考回路。失われる信頼。
こんな物のどこに、魅力を感じれば良いのだろう。良い所なんて一つもないではないか。
何を言おうと行おうと、もう彼には無意味だ。楽しいことなんて何一つない。
希望も夢も愛情も、全てが運命に毟り取られたような気分。
ただひたすらに苦しくて、辛く険しい時間がゆっくりと流れているだけ。
(こんな気持ちになるくらいなら、しっかりとあの告白を断っておけばよかった。そしたら今日だっていつも通り、普通に勉強しているだけの一日で終わったのに)
…………。
……なんだ?
なんだ、この、心臓を抉り取られたかのようにスカッスカな気持ちは。
(これは、そうだ。前にも思ったことだ。「中身の無い人生送ってたんだな〜」ってやつ。その時の感じと、そっくり)
そう、中身の無い人生を過ごした私は、中身の無い高校生に育ってしまった。まるで母に従順なだけのぺット。
でも。
「アンタの意思はどうなるのよ」
でも私には、こんなことを言ってくれる友達がいる。
私が『勉強しかできないロクデナシ』なのは、歩んできた人生のせいなのだ。
だから私は。木嶋夕梨は、16歳の今からでも変われる……いいや、変わらなければならないのである! 信じてくれた、杏奈の為にも。
(ゴタゴタ言うのはやめないとだよね。杏奈と話した意味がなくなっちゃうよ)
まずは戸山君に包み隠さず全ての事実を伝えて、あの関係を取り戻す。そうしたら次は母に戸山君と恋人であることを言って、どうにかして納得してもらって……。それで晴れて、ハッピーエンドだ。
(よしっ! 元気出てきたから、勉強しないと)
私は理想の未来を思い描きながら、この日は勉強に精を出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます