杏奈と麗奈
もう直前で固まったりだなんてしない。私の思い描くハッピーエンドを実現させる為に、前進するだけだ。
徐々に乱れる呼吸を誤魔化すように、私は大きく息を吸った。
(大丈夫、大丈夫)
まだ教室内に彼の姿はないけれど、想像するだけで胸のあたりがゴワゴワする。
高速で脈打つ心臓をポンポンと叩いて、
心の準備をするためにかなり早めに登校しておいて正解だった。朝っぱらからこんなにソワソワしていたら誰かしらに怪しまれてしまうからな。
……バンッ!
「⁉」
乱暴にドアを開く音。唐突すぎて、もはや声も出なかった。
「とうとうタイミングが私に巡ってきたみたいね。──おはよう、木嶋さん?」
そこに居たのは杏奈の幼馴染である、加藤麗奈さんだった。彼女は声こそ優しいものの、怒っているようで喜んでいるような、けれども無表情とは少し違う、そんな複雑な表情をしている。
「お、おはよう。どうしたの?」
「ど、どうしたのって。えっ、心当たり、無い?」
私は分からないから質問をしたというのに、加藤さんは「何で分からないの?」とでも遠回しに言うような、怒気を含んだ声色になる。
(いきなり来て、一体なんなんだろう)
「な、無い、よ?」
そんな彼女とは反対に、私の声や体は縮こまっていくばかり。かつて杏奈と対峙した時のような、締め付けられるみたいな恐怖が心の奥底から湧き上がってくる。
「ねぇ。それ、本気で言ってるの? ふざけてる訳じゃなくて?」
「ほ、本気で言ってるよ。……えっと、私、どこかで加藤さんを傷つけるようなことしちゃったかな。なら、謝るよ。ごめんなさい」
「あのさぁ、ごめんで済んだら警察はいらないよね。木嶋さん」
わざわざ立ち上がって謝罪した私。しかしその行為はまるまる否定され、あまつさえ頭を鷲掴みにされてしまう。
「え?」
「罪を認識もしていないくせに、軽い気持ちで謝って何になるの。本当に悪いと思っているなら、ちゃんと誠意を持って、行動で示してよ。その気持ちを」
「こ、行動で……」
とりあえず何かしてみようかな、と考えはするものの、どんな行動がベストなのか見当がつかない。
頭を下げたままのこの状態ではなおさらだ。
(う〜ん、下手に動いたらまた加藤さんの逆鱗に触れてしまうかもしれないよね)
「は〜ぁ、分からないならいいわよ。アンタには最初から期待なんてしてなかったしね」
「え、そんな──」
「心配しなくて大丈夫だって。とりあえず、アンタが杏奈から離れてくれればそれで良いわ」
頭から加藤さんの手が離れたのと同時に、驚きの発言が耳に飛び込んでくる。
前に話した時に何となく感じてはいたが、加藤さんは『ラヴ』の意味で杏奈のことを好んでいるのだろう。友達を取られて拗ねているようには、どうしても感じられない。
「杏奈から、離れる? どうして?」
「二人が仲良くし過ぎてるからよ。当然じゃない」
「友達なんだし、仲良くするのは普通だよ。加藤さんの方が付き合いも長いし、友情も深いだろうから心配することなんて無いよ」
「うるっさいわね! 私は心配とかじゃなくて、杏奈がアンタなんかに蝕まれていくのを見たくないだけ!」
「ど、どういうこと?」
なんだかデジャブを感じたが、以前の蘭と似ているようで、少し違う。
なんというか……彼女の想いは、『好き』を超えているような気がするのだ。
「最近杏奈は、口を開けばほとんどアンタのことしか話さないのよ! 雰囲気だって、前までは派手できらびやかな感じだったのに今では──」
ガラッ。
「「‼」」
「おはよう夕梨……と、麗奈。何話してたの?」
「おはよう杏奈! 恋バナしてたんだよ、今」
杏奈が現れた途端、どこから出してるのかも分らないくらいの甘い声。
(やっぱり私の考察通り、杏奈を愛してるんだろうな)
「恋バナぁ? この二人でってこと?」
「うんうん。それじゃ、私は自分の教室戻るね」
軽く杏奈に手を振った加藤さんは、笑顔で私に耳打ちをしてきた。「……木嶋さん、ちゃんと反省の気持ち、示してね」
その言葉に何も返せず、私は俯く。
それでもスマイルを崩さずに、加藤さんは教室から出ていった。
「ひそひそ話なんかしちゃって。どこでそんなに仲良くなったのよ」
「え、えっと。そんなに大したきっかけがあった訳じゃないから、なんとも」
「ふぅ〜ん」
(はぁ、加藤さんがあんなに怖い人だとは思わなかった……)
戸山君との復縁も果たせていないというのに、また問題が増えてしまった。まあ、地道に解決していくしかない……が。
そんなに悠々としていられないのが事実。加藤さんなんて何をしてくるのか全くの未知数だし、戸山君だって何を考えているのか分からない。
(大丈夫。今日戸山君と話して、分かってもらおう)
私は再び、騒ぎ出す胸に手を添えてひたすら深呼吸をし始める。
──未来のために。
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