『好き』と思うこと

「蘭、お前……」

 戸山君がツインテールの子を指差した。

 怯えたような表情で。

「あらなに、海斗。嬉しかったの? アタシの愛を知れて」

 ツインテールの子──蘭さん? が、ニタリと不気味な笑顔になった。

「何言ってるの? 俺は木嶋さんが好き。だから、蘭の歪んだ愛を知ったって、何も嬉しくない!」

「ケッ……まあ、知ってるけどね」

 蘭さんは悲しそうに俯き、そう呟いた。

「知ってるなら、何で! 迷惑になるような事ばっかりするの!?」

 腹立たしそうな戸山君。

 蘭さんはそんな彼の訴えに対して、こう答えた。

「──それが、アタシの愛だから。それが、私の貴方を思う気持ち」

 彼女はとても幸せそうに笑うが、その瞳の奥はなんだか異様な雰囲気を漂わせている。

 要は、狂気を感じるという訳だ。

「変わらないよね、蘭は」

「変わらないのは良いことでしょ? アタシ、海斗だけは誰にも譲りたくないもん」

 戸山君の頬に手を滑らせる蘭さん。悲しさとドキドキが混じり合った、複雑な表情だ。

 しかし私の方へ顔を向けると、それはキッと鋭いものへと変化した。

「だからね、木嶋夕梨は邪魔なの。海斗をどのようにして魅了したのかは分からないけれど、ここで排除して、アタシ達二人は幸せな生活を送るのよ」

「いい加減にして」

 戸山君は表情を変えず、だが声のトーンを大きく落として言った。

 その声に体を震わせた蘭さん。

「どうしてそんな事言うの? アタシ達、幼馴染でしょ?」

「……幼馴染を好きにならなきゃいけないなんてルール、ある?」

 冷ややかな態度で質問する戸山君。

「無い、けど。海斗も、アタシの事、好きなんだと思ってた」

(限界なんだけど……)

 この張り詰めた空気に、そろそろ耐えられなくなってきた。幼馴染二人のやり取りとか、気まず過ぎないか。

 今ならこっそり居なくなってもバレないんじゃ無いだろうか。

 そう思い、私は一歩ずつ後ろに進んでいった。

「木嶋さん? どこに行くの?」

 戸山君に即刻気付かれた。

(しまった、バレたか)

「あぁ、この状況じゃ、確かに居たくなくなるよね。ごめんね。気付けなくて」

 彼は優しい笑顔を向けてくれた。

 傍らの蘭さんは、「殺してやる……」とでも言いたげな表情で私を見つめている。

「この人は、俺の幼馴染の日暮ひぐらし蘭。噂を流した張本人……らしいよ」

「「らしい」じゃないわ! 確かにアタシよ!」

 蘭さんがすかさず割り込んでくる。

 そんなに気にする点なのだろうか……?

「とにかく、迷惑だからそういうのはやめて、蘭。これからも、ただの幼馴染として接していこうよ」

 戸山君は蘭さんの肩に手を置き、やや強めに主張した。

「……嫌。アタシ、海斗が好きだもん」

 蘭さんは軽く俯き、暗い雰囲気を漂わせながら言った。

「だけど、俺は蘭のこと好きじゃない」

「好きな人にアピールすることも駄目なの!? 諦めないといけないの!?」

 表情は俯いているので見えないが、蘭さんは泣いているような気がした。

「だって、変な噂流すなんておかしいよ」

「それがアタシの愛なの! どうして分かってくれないのよ!」

 そう言うと、蘭さんは走ってどこかに行ってしまった。

「……怒らせちゃったかな」

 戸山君は申し訳なさそうに呟くが、彼女を追うことはしなかった。

(『愛』か……)

 見た様子だと、蘭さんは本気だった。

 人を愛すことを知らない私だが、そう感じた。

 私は戸山君を愛していないのだから、私のことなんて放って彼女の元へ行けば良かったのに。

 そうすれば、全て丸く収まったのに。

「ごめんね、木嶋さん」

 だがそうしないのが、戸山君なのだろう。

 彼の優しさの理由が、未だに分からない。

(だってやっぱり、私に魅力なんて感じられないよ)

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