守る
それにしても、いきなり怖めな女子を敵に回してしまったな。
今まで通り生きていたら、関わることすら無かったはずなのに。存在を認知されることも、きっと無かった。
どうしてこうなったのか?
──それは、まあ、戸山君のせいなのだが。
いや、『せい』なんて言うのは失礼か。
一応、こんな私に好意を向けてくれた人なのだから。
結局、理由は分からないままだ。
そもそも好きになるって、何だ?
「どうして私を好きになったの?」
なんて軽々しく訊けたら、どんなに良いだろう。全ての謎が解明され、気分もスッキリするに決まっている。
勿論、私には絶対にできないけれど。
だからこそ、どうしても彼とは一定の距離を置いてしまうのだ。
○ ○ ○
「木嶋さん、一緒に帰らない?」
突然のお誘いだった。
しかし。
今なら、彼ならやってきそうだなと思い、イメージトレーニングをした効果を発揮できそうだ。
「その、今日は家の用事で急がないといけなくて。も、申し訳、ないんだけど」
よし、完璧だ。
“家の用事”は魔法の言葉。そう感じた。
「急ぐの? ふ〜ん……。あ、そういえば俺も、今日早く帰れって言われてたんだ! 丁度いいね!」
(は?)
何と運の良い男なのだろう。
いや、私が不運なだけか。というか、戸山君が適当に話を合わせてきたという可能性もある。
(むしろその方が高いかもな)
たとえそうだったとしても、文句なんて言えない私は拙い笑顔で「あ〜。そ、そうだね」と答えるほかなかった。
すると戸山君は幼子のように、無邪気に微笑んだのだった。
「今日は変なことが多かったね」
荷物を持ち、早速二人で帰路についた。
それにしても落ち着かない。
(駄目だ駄目だ。頭が追いつかない。というか、この状況を、信じたくない)
混乱して、これは現実なのか? と、疑ってしまいそうになる。
だがこれが現実であることを示すように、他の生徒たちの声が聞こえる。
「あれ? 海斗と……。あれ誰だ?」
「え!? 戸山、あんなよく分かんねぇ奴と帰ってんの?」
「意味わかんないんだけどー」
こんなに注目されたのは、生まれて初めてだ。
しかも、良くない目立ち方である。だんだん怖くなってきた。
「聞いてる?」
戸山君は顔を覗き込んでくる。
いや、やめてくれ。
不意打ちで覗き込まれて、不覚にもどきりとしてしまったではないか。
今まであまりじっと見つめたことが無かったからだろうが、しっかり整った顔立ちをしているのを初めて知った。
爽やかなイケメン。といった印象の顔立ちだ。
(ハッ! 駄目だ! 急なことに、ビックリしちゃった!)
「あぁ、やっぱり落ち着かない? まあ仕方ないよね。皆すごい見てるし」
彼は周りを見渡した。
こんな状況でも堂々としていられる戸山君。
視線に慣れているのだろうが。
(慣れってすごいな)
「……ちょっと急ごうか」
そう言うと、彼は軽快に走り出した。
「えっ。ちょ──」
手を掴まれているわけでもないため、立ち止まっていれば一緒に帰らなくて済む。
そう思ったが、一人でこの場に残る方が確実に辛い事に気付いて戸山君に付いていった。
「フゥ……。ここまで来れば大丈夫だね」
走った後なのにも関わらず、戸山君は爽やかに笑った。
汗の一つもかいていないようだ。
対する私は声も出せない程に呼吸が荒い。戸山君が余裕そうに振る舞うから、私が恥ずかしいではないか。
「あ……。大丈夫?」
不安そうな顔をする彼に、フルフルと首を振る。
「ごめんね。でも──」
戸山君はしっかりと私の目を見て、こう言った。
「あんな風に注目されて困っている木嶋さんを、見て見ぬふりなんてできないよ」
「……」
何も答えられなかった。
多分、嬉しかったんだと思う。
よく分からないが、そんな気がする。
曖昧な感情なため、上手く言えない。
少しだけ、ジンと胸が熱くなった。
「あとさ、今日、すごく迷惑掛けちゃったよね」
申し訳なさそうに戸山君は目を逸らす。
「そ、そんなこと……」
きっぱり否定したかったが、自分の感情に正直になってみるとうまく流すしかなくなる。
「だけど──もしも木嶋さんが蘭に変なことされたら、俺がちゃんと守るから」
彼は照れているのか、目を逸らしたままだ。
しかしその表情の中に、確かに逞しさを感じた。
嬉しくないと言えば嘘になるかもしれない。
だが、頭の中に疑問が浮かぶ。
『どうして?』
たった、それだけ。
しかし、それは大きな疑問だ。
彼にそこまで言わせる私は一体『何』なのか?
彼は私の『何』を感じ、あんなことを言うのか?
理由が分からないまま。
だから、信用できない。
私と戸山君の繋がりよりも戸山君と蘭さんの繋がりの方が強い筈なのに。
彼が私をとる理由は何?
それを私が知れる日は、来るの?
「……なんて、ねっ。ちょっと図々しかったよね。ごめん」
戸山君は何の反応も返さない私に不安を抱いたのだろう。
「あ、いや……」
面倒だと思っているのが滲み出ているような私の返しにも、彼は目を輝かせている。
優しい彼の微笑みですら、その奥には何があるか、私は知れない。
ならば、疑う他ない。
申し訳なさが無いわけではない。
ただ、『信用』が出来ないだけだ。
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