【これでも、内に秘めるタイプなの】

 幼い頃からずっと一緒だったのに今更切り捨てられるなんて、そんな事ある!?

 ──いや、ある訳ない!!

 だからきっと、今のアタシは夢を見てるだけ。それも、とてつもなく酷い悪夢をね。


「ねぇ海斗、今から家に行って良い?」

 今は電話中。学校が終わって疲れちゃったから、海斗の家で癒やされたいと思ったのよね。

「え? 嫌だよ。今勉強してるし」

 すごい塩対応。

 ……これがあの女だったら、なんて言っていたのだろう。

(って、違う違う! アタシは夢を見てるだけなんだからっ)

「なら、一緒に勉強すればいいでしょ? よく分からないところもあるし、教えてほしいわ」

 だけど、それで諦めるアタシじゃない。

 絶対に海斗の家に行ってやる! それだけでアタシ、幸せを感じられるもの。

「いや、俺一人じゃないと集中できないから無理だよ」

 そこまでアタシに来てほしくないのか。しかしこちらから招いても、絶対来てくれないし。

(ハァ、海斗に会いたい)

「そろそろ切るよ? 毎日毎日家行かせてって電話して……こっちの迷惑も考えてよ、蘭」

 ──ブチッ。ツー、ツー。

「あ、切られた」

 そう、アタシは毎日のように海斗に電話を掛けている。

 何でって? ……アタシを見てもらう為に決まってるじゃない。

 海斗が再びアタシに魅了されればきっと、アタシも夢から覚めるはず。

 だったらどんどん接触するしかないでしょ?

 早く現実世界に戻りたいもの。ずっと眠っていたら、あっちの海斗も、ママも、パパも、妹のめぐみも心配しちゃう。

 フフフッ、起きたら病院に居るかもね。

(それにしても、今日も無理だったなんて……。もしかしたらあの女木嶋夕梨が海斗を呪っているのかも。そうだとすると──アイツを倒せば元の世界に戻れる!?)

 妙案だ。

 海斗が急におかしくなった原因は、木嶋にあると考えるのが妥当よね。むしろ何故今まで海斗に何かあると思っていたのか不思議なくらい。

 いや、急な出来事だっから、頭が回らなくなっていたのよね、きっと。


「──こんにちは、木嶋夕梨。突然だけど、アンタにはここで死んでもらうわ」

 腕を組み、アタシは自信満々に笑った。

 少しでもコイツを怯えさせなければ。好きな男を手に入れるため、呪いまでかけてしまう女。油断はできない。

 アタシの髪をなびかせていた風が、ピタリとやんだ。

「えっ! な、ななつ何ですか?」

 木嶋はこちらが困惑してしまいそうな程オーバーに驚いた。

(ビクビクしてるみたいだけど、あれは絶対演技! 隙を見せちゃ駄目っ)

「分からないの? そのままの意味よ。アタシがここで、殺ってやるぅ!!」

 思い切り拳を振り上げる。そしてそれを、木嶋に向けて急降下。

 相手は防御していない。いける。

(けど──何故?)

「えぇっ!? え、え、え、……!!」

 それは木嶋の頬に直撃した。

 体のバランスを崩した木嶋はその場に倒れる。

「駄目ね、まだ足りない。夢の世界のまま。……そうか、コイツに言えばいいのね」

 アタシはしゃがんで、木嶋に向かってこう言った。

「海斗にかけた呪いをといて。そしたらアタシは帰れるし、アンタを殺しもしないから」

「呪、い?」

 コイツ、とぼけやがって。

 けど当然よね。ただか一発殴られたたげで呪いをとくなんてただの弱虫だから。

「アンタがかけたんでしょ。海斗に振り向いてほし──」

「ら、蘭、お前、何やってんの──?」

 海斗が恐ろしい剣幕で体を震わせた。声にも怒りが混じっており、木嶋への思いが溢れている。

 すごく、無様だ。

 この女の為だけにここまで怒るとは。それだけ、呪いが強力って事ね。

「大丈夫よ、海斗。今助けてあげるから。そしたら現実世界で、幸せに暮らすのよ」

 彼に微笑みかける。

「ふざけないでよ!! 何、『現実世界』って! ここが現実だよ! いつまでも逃げてないで、受け止めてよ!! 本当に、迷惑だから……」

 感極まって涙する海斗に、木嶋が「もう大丈夫だから……」と言い宥めようとしている。

 呪いだと知っていてもやはり辛い。奴のために、海斗が涙を流すのが。

「海斗は呪いにかかっているだけなの! だからに惚れちゃったのよ、そういう呪いだから。でも、アタシが救ってあげる、正気に戻してあげるっ」

「はぁ? いい加減にしろよ。木嶋さんをそれ以上、悪く言うんじゃねぇよ!」

 ガッと勢いよく、海斗に胸ぐらを掴まれた。

 ──怖い。

 口調がいつもと違う上、鋭く睨みつけられている。もうこんなの海斗じゃない。海斗じゃない……!

「ハンッ。何言っても無駄よね。敵が増えるだけだから、海斗の前でこの話はしないわ。じゃあね」

 アタシは踵を返して、スタスタと歩いていった。

(海斗が居る時にアイツに何かしたら、呪いの影響で海斗が悲しむものね)

 心の中ではそう思っていたかった。だけど、木嶋への憎しみで心が埋まってしまう。

 それをおくびにも出さずに今は歩いてる。

 バカみたいに思った事を口に出しそうって言われるけど、アタシこれでも内に秘めるタイプだから。


 それから一ヶ月後。

 頑張って二人の後をつけてきた甲斐があった。

 木嶋の家の位置を特定し、奴が一人っきりになるのを確認した。

(よしっ。攻め込むわよ!)

 ピンポーン。

 海斗は今日、級友と出掛けている。目的地は大分ここから遠い街だから、この家に訪れる事は絶対に無い!

 これなら、あっちも心置きなく戦えるでしょうね。

(クッソッ。出ないわね。寝てるのかしら? でも、もう十時くらいなのに……)

 仕方ないのでもう一度インターフォンを押す。

 シャアァ……。

 微かに聞こえたその音をアタシは聞き逃さなかった。

 バッと上を向くと、人形のように感情の無い顔で木嶋がアタシを見下ろしているのが目に入る。さっきの音はカーテンか。

「下りてきなさい! 絶対に呪いをとかせてやるんだから!」

 外聞なんて気にせずに、言いたい事だけを伝えた。

 絶対に許さないっ。

 しかし、アタシが叫んだ後も木嶋は一切動かずにこちらを見ていた。

 アタシを嘲笑するかのようなその視線が気に食わない。完全に勝者の顔だ。……木嶋は二階に居るのでよく見えないが。

「早くこっちに来なさいよ!」

 苛ついてつい声が出る。

 奴はそれすらも愚かだと嗤うのだろうか。

(そんな事を考えたら、もっと腹立ってくるじゃない! 無よ、無!)

「……」

 家から出なければ、必然的に木嶋は勝つ。無意味な勝負なんてしなくて良いのだ。だからずっとあそこに留まり続けていると考えるのが自然だろう。

(駄目ね。家に入ってる時じゃ。また機会を窺って来るしかないわね)

 これ以上は無意味と判断し、無念だが今回は諦める事にした。

 ゆっくりと足を動かすと、何者かに声を掛けられた。

「──木嶋さんの家に、何しに行ったの?」

(か、海斗!?)

「別に、通りかかっただけよ。海斗の方こそどうしたの。友達と出掛けてるんじゃないの?」

「蘭に本当のこと言う訳無いでしょ。どうせこんな事だろうと思った。……最近大人しいと思ったら、裏でコソコソ何かやってたんだね」

 声が暗い。不機嫌だ。

 アタシはアナタの為にやってるのに。

「コソコソだなんて……。アタシは何もしてないわよ。そんなに疑われたら傷付くわ」

「疑われるような事したのはそっちだからね。現実から目を背けて、何かしてるなと思えばストーカー行為。最低だよ」

 海斗の瞳は闇に染まっていた。殺意のようなものを感じてしまう程に。

 幼い頃のあの透き通った目の輝きは、もう戻ってこないのね。

(これも全て、あの女の……)

 手をグッと握りしめた。

 悔しい。

 悔しい。

 どうしてこうなる前に防げなかったのだろう。

「最低だなんて、いくら何でも酷いわ。アタシはただ、アナタを好きでいるだけなのに……っ」

 泣きたくなった。

 悲しみが全身を伝っていくように、ブルッと体が震える。

「好きでいるだけなら別に構わないんだよ。けど、って言葉を知っててくれないと」

「失……恋」

 それって、要は恋が実らないことよね?

 アタシには無縁の言葉よ。

 え、だって……そうよね?

 変な事言わないでよ、海斗。

「俺は蘭のことが好きじゃない。だから、もう少しそれを受け止めてくれない? 『俺も蘭のことが好き』という事を前提に話すんじゃなくてさ」

 好キジャナイ……?

 全く面白くない冗談だわ。

(ハッ。違う違う。これは、夢)

「これはあの女の呪いこれはあの女の呪い

 これはあの女の呪いこれはあの女の呪いィイッ!!」

 爪をガリガリとかじって、ひたすら呟いた。

 落ち着いて。静まるのよ、アタシの心っ。

「あの女あの女って……いい加減にしてよっ!」

 ──バシンッ!

 え?

 何が、起きたの?

 状況が飲み込めない。ただ、頬に痛みが走るのみ。

 怒りの形相の海斗が目の前に立っているという事はまさか……殴られた!?

(いや、そんな。まさか)

「目、覚めた?」

 つっけんどんな口調だった。

 でも何だろう。

 何かが弾け飛んでいくような、そんな気がした。

「アタシ……アタシ。海斗の事、ここまで怒らせてたのね。海斗が女子に手を上げるなんて……ずっと見てきたのに、幼馴染失格じゃない」

 我慢していたのに、涙が勝手に流れていく。

「ありがとう。アタシ、夢から覚めたわ。……世界が全て、歪んで見えてた。けど、もう正気に戻ったわ。不思議よね。アタシの悪意が全部海斗に吸い込まれていったの」

 海斗は自分の手のひらを見つめた。

「叩いちゃったのは申し訳ないけど、結果オーライだったね。良かった」

「うん。だけど、やっぱり木嶋夕梨は好きになれないし、海斗ことは好き。それでも良い?」

「いいよ。でも今までみたいな変な事はしないでね」

「分かった」

 と、口で言うのは簡単だ。

 だから、自分を制御する術を身に着けなくては。黒い感情を静めるために。

 それに、海斗に女として見てもらいたいしねっ。

 ──叶わぬ恋なのは、分かってるけど。

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