夕梨目線

 ──今日は曇りだった。

 朝目覚めた瞬間から嫌な予感がしたのだ。

 黒く濁った空が、どこまでも続いていたから。

 そしてそれは、見事に的中。

 理由はただ一つ。蘭さんが家に来たからだ。


 母と父は仕事。姉もバイト。

 ほとんど毎週そうなのだが、いつだって、家で一人とは良いものである。

 何をしていたとしても邪魔が入らない、幸せな時間。決して、変な事をする訳ではないが、な。

 今日もゆっくり一人を満喫(主に勉強だが)して、静かに過ごそうと思っていたのに。

 ピンポーン。

 朝食のパンをかじった瞬間、そんな音が響いた。

(? インターフォン?)

 我が家のインターフォンが押されることなど滅多にない。

 何故なら、必要ないからだ。

 宅配便などは基本利用しない。押しに来るような友人すら、存在しない。ならば、押される理由はない。そういう事だ。

 だから、妙に不審に思ってしまう。更に嫌な予感もする。

 けれど、それに出る必要もない。

 これは、母の定めたルールだ。『私が居ない時にインターフォンが鳴っても、別に出なくていいから』というルール。

 僅かな時間だけぐるぐる考えていたが、食事を再開した。

(まあ、大した用じゃないでしょ)

 そもそも、私に大事な用がある者など存在するはずがない。

 すぐに食べ終え部屋に入った瞬間、再びインターフォンが鳴った。

(しつこいなぁ。誰だろう)

 少し気になった。

 真正面を見つめると視線の先にある窓。そこから覗けば、外が見える。

(ちょっと見てみよう)

 カーテンを開けて、下を覗いてみた。

(……ゲッ)

 蘭さんが堂々たる態度で立っていた。

 こちらを睨みつけて。

(カーテンを開ける音が聞こえたの? この部屋二階なのに)

 どうやら蘭さんは、聴覚がたいへん良いみたいだ。

「下りてきなさい! 絶対に呪いをとかせてやるんだから!」

 蘭さんの元気な叫び声が我が家に響いた。

(どうしよう。でも、下りたら前みたいに殴られるかもしれないし……。それに、ここに居ればさすがの蘭さんも家に入ってはこないだろうし)

 という訳で、外には出ない事にした。どちらにせよ、私はパジャマで、髪もボサボサ。人前に出られるような恰好ではない。

 この姿で出たら、「失礼である」という理由で殴られる可能性もあるからな。

「早くこっちに来なさいよ!」

 不機嫌な様子の蘭さんは先程よりも声を荒げた。

「……」

 怖かった。

 だが、じっとしていれば大丈夫。と自分に言い聞かせた。

 蘭さんはしばらく私を睨みつけていたが、やがて痺れを切らして歩き出した。

「ふぅ……。良かった」

 疲れが吹っ飛んで、思わずベッドに腰かけた。

(朝からすごい疲れた……)

 数分間壁を眺めて、念の為再度窓の外を確認した。

「えっ!?」

 小さかったが声が出てしまった。

 蘭さんと戸山君が家の前で何か話しているようだ。

(戸山君はどこから!? しかも、人の家の前で何を話してるの!?)

 二人の声は聞こえてこない。カーテンは開いているものの、窓が閉じているからだ。

(一応、聞かないでいた方がいいかもな)

 盗み聞きは好まない。人として当然だ。

 蘭さんが爪をかじっているのを見たのを最後に、私は勉強を始めた。


「おはよう」

 今日も満面の笑みの戸山君。朝から元気いっぱいのようだ。

「あ、うん。おはよう」

 私はもう動揺せず、挨拶を返せるようになった。かれこれもう一ヶ月程こんな生活だからである。

「昨日、蘭が家に行ってたけど、その時居た?」

「う、うん」

 早速その話題とは。

「また嫌がらせしようとしてたみたいだけど、ちゃんと話したら改心したみたい。もう妙な事はしてこないと思うよ」

 太陽の光に照らされ、彼はいつも以上に輝いていた。その眩しさに、眠気も吹き飛ぶ。

「そう、なんだ。良かった」

「だけどやっぱり、木嶋さんのことは好きになれないって言ってた。俺としては、二人が仲良くしてくれた方が嬉しいんだけどなぁ」

日暮ひぐらしさんが嫌だって言うんなら、仕方無い……よ」

「だよね。まあ嫌がらせが無くなるだけでも良い方か」

「うん」

 蘭さんは彼に何を言われたのだろう。気になる所ではあるが、他人に深入りするのは好きではない。

 今良い結果になったのだから、それで良い。

 今朝の晴れ空は、なんだかとっても印象深かった。

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