ねぇねぇどうなの? 木嶋さん

 こんにちは。戸山海斗です。

 今忘れ物を取りに教室へ戻っていた所だったのですが……。


「先輩を一目拝みたいとやってきたんですよ、この子。健気ですよねぇ」


 なんて赤江の声が聞こえて、チラリ覗くと木嶋さんの姿が。目の前の見知らぬ高身長の男が赤江の言う“先輩”だろうけど、木嶋さんはその彼に会いたがっていたという事らしい。

 疑問は単純明快。何故?

 急がなければならない場面だったためにその後の様子を見る事はできず、俺はモヤモヤしたままで部活に戻った。

(昨日距離置きたいって言ってたのはもしかして、先輩に恋したから? そもそも部活も委員会も入ってないのにどうして先輩と関わりがあるの?)

 考えれば考えるほど、木嶋夕梨という人間が分からなくなってくる。

 駄目、駄目なのに。木嶋さんは俺の彼女で、変に疑ってはいけないのに。

 けれど、昨日からの彼女の異変は目を瞑れるものではない。どういう事だと問い詰めたい。

 なんて思ってはいても、無理なものは無理だ。だって断れないような性格の木嶋さんに唐突に告白して流れで「イエス」と言わせたのは俺だし、他にも蘭とか色々な場面であの子を困らせている。全ては俺と関わったから。

 ただ思いを伝えて、それで終わり。でもあわよくば、付き合えたらなぁ、ってだけの考え方だったのに。恋人になれたから調子に乗って、更に上を望むようになったんだ。ひどいな、俺。

 木嶋さんは急に恋人ができて、沢山トラブルやハプニングに巻き込まれ、落ち着けない毎日を過ごしていたに違いない。俺が平穏な彼女の日常を奪ってしまったんだ。自己満足なんかの為だけに。

(でも、それでも、あの先輩は何なんだ? 告られた時にすごくアタフタしてた木嶋さんが自ら好きになるような人には、思えない)

 赤江の隣に立っていた先輩を木嶋さんが好きになったという可能性は何となく低い気がする。

 なんだろう。

 根拠はないが、多少のことで木嶋さんは人のことを好きにならないと思うんだよなぁ。

(って、なんで木嶋さんを知ったかのように話してるんだよ。……あまり大したこと、知らないのに)

 俺なんかより蘭や赤江の方が詳しいかもな。悔しい。

「おい、タオル取りに行くのにどんだけ時間掛けてるんだよ」

「ご、ごめん」

 練習中の卓也はいつもより口調が荒く、語気が強くなる。それだけ部活には本気ということだ。

 勿論俺だって、手を抜いてやっている訳じゃない。けれど、卓也の熱量に勝る程ではない。

「全く、明日は練習試合だっていうのに。そもそも忘れ物をしてる時点で意識が低──」

「か、彼方さん。そこまで責める必要ないじゃないですか。戸山さんだって、悪気があった訳じゃないんだし」

 弱々しい声を出しながらも、卓也に怯えず物申す後輩。運動によるものとはまた別の汗が、彼の額からじんわりと姿を現す。

萩野おぎの……。そ、そう、だな。今日は無性に気が立っていて、つい。ごめんな、海斗」

「いや、元はといえば悪いのは俺だし……謝らなくていいよ」

「平和に解決して良かったです。集中するのはいい事ですが、チームが乱れてしまったら元も子もありませんからね」

「そうだね、荻野。ありがとう」

「いえいえっ」

 今更ながら、彼の名前は荻野とおる。我がバスケットボール部を明るく保ってくれるお母さんのような存在。お陰で目立ったトラブルもなく良い雰囲気で練習ができている。感謝に堪えない。

「ただチームを勝利に導きたいだけですから」

「そっか。……絶対勝とうね!」

「はい。練習試合といえど、力を緩めたら負けですよね」


     ● ● ●


「ハァ……」

 明日試合があるとか、そんなこと、家に着いた途端にどうでもよくなる。

 それよりも木嶋さんの方が大切だ。たとえ今、俺を見ていなかったとしても。

 下校中に運良く件の先輩を発見できたので、その際に得た情報を脳内でまとめるとするか。

 まず彼は写真部部長で、土手という名字である、ということ。また、その界隈では割と名の知れた人物であること。

 あと言えることがあるとすればルックスだろうか。……頼りがいのある、高身長イケメン。

(対する俺は大抵の能力も、身長も平凡。こう考えてみると、俺って無能な奴だなぁ)

 しかし現時点でのプロフィールでは、木嶋さんとの繋がりなんて読めない。

(どうしたものかな……)

 ──? 待てよ?

 そういえばあの時赤江は「先輩を一目拝みたいとやってきた」と言っていたのだ。つまり、木嶋さんと土手先輩は今日が初対面!

(でもそうなると、余計木嶋さんが彼に憧れた理由が謎なんだよなぁ。写真に興味も無さそうだし)

 う〜ん、う〜んと唸るも、全く何も思いつかない。でもあの先輩の存在は、木嶋さんが俺と距離を置きたい理由に何かしら関係しているはずなのだ。

 いやむしろ、そうでなければ困る。

 木嶋さんが別の人に惚れた訳ではないのだとすれば、完全に俺が嫌われてしまったという理屈になってしまう。

(昨日は絶対嫌われた〜と思ったけど、意外と他の可能性ってのも沢山あるんだな)

 そうなのだ。

 今の世の中、予想もつかないような出来事が山程発生する。

 ──だからもっと、ポジティブな考え方をしたっていいじゃないか。

「失恋だ」なんて悲観せず、もっともっと自分に未来ある解釈を!

(そっか。そうだ。わざわざ辛い方向に受け止めて悲劇を味わう必要性なんて、ないんだから)

 木嶋さんは確かに土手先輩に惚れた、のだろう。けれども俺に幻滅さえしていなければ、再びこちらに歩み寄ってくれるに決まっている!

 しかも俺達はまだ恋人同士である(一応)し、上手く言いくるめれば何とかなるかもしれない。

(……なんか自分に言い聞かせてるみたいで、悲しくなってきた。いやまあ事実だけど)

 ポスッと、枕に顔をうずめる。もう考えることすら面倒になってきた。

 今この場所に木嶋さんが突如現れ、不器用な笑みを浮かべて頭を撫でてくれたらそれほど嬉しいことはないのに。

 でもそれは実現しない。

 女子ってどうしてこんなにも難しいんだろう。感情を表に出さないのだろう。

 どこまでもどこまでも思ったことを言わず自分を偽り続けたら、その先には何があるのだろう。……木嶋さんはそこにある『何か』を目にしたのだろうか?

 相手への言葉が弱い木嶋さん。もし仮に俺以外の誰かと交際するときが来たとして、都合のいい女になってしまったりしないだろうか。

 なんだか不安になってきた。

 ──木嶋さん。君は一体、今俺に対して何を思っているの? 別れたい? 離れたい? どうなのかな。

 土手先輩に関しては? やっぱり好きなの? ねぇ、どうなの?

 質問が頭の中をぐるぐるぐるぐる、観覧車のようにゆっくりと、しかし確実に巡っていく。

(駄目に決まってる。こんな気持ちじゃ)

 木嶋さんの正直な気持ちを知るために。

(一度、真剣に話し合わないといけないな)

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