「言い訳?」違う、真実。

 ザアァァァ……。

(結構強そうだな)

 強風はあれどしばらく荒れていなかった空が、今日は真っ黒だ。

 大量に降ると濡れるのが少し困るが、私は晴れよりも雨の方がよっぽど好きだ。

(でも、この音。やっぱり落ち着くな)

 自然の音は人を癒やす。色々抱えている今の私の心なら、余計に。

 と、言う訳にもいかない。

「……おはよう」

「──お、おはよう」

 突然変わってしまったとはいえ一緒に登校するのは廃止されていないようで、複雑な面持ちの戸山君はちゃんと挨拶をしてくれる。

「き、決まったね。出し物」

「う、うん。そうだね。シンプルな所に落ち着いて良かった」

「だよね。入江君は少し不憫にも見えたけど、仕方無いよね」

「そりゃ、動物園は無理があるよ」

 普段の私のたどたどしい話し方が移ったみたいだ。台詞だけを見たら、どちらの言葉なのか分からないくらいに。

 息をするのも苦しいくらいの気まずい空気。それでも話題を振ってくれる戸山君。

 本当に優しい。怖いくらいに。

 ──でも、でも。

 もしも私に嫌な点があるなら、不安なことがあるのなら。

 直接言ってくれればいいのに。もしかして、デリカシーがどうのこうのとかそういうのを気にしてるのか?

 そんなのいいのに。少なくとも、今は。

「蘭のところは演劇やるらしいよ。しかも、実行委員が考えるオリジナルストーリーだって」

「えっ、すごいね。実行委員って誰だっけ」

「え〜と女子が小田川で、男子が山田かな」

「そっか」

 他クラスなのもあり、名前を聞いても一切ピンときていないが……まあ別に良いか。

「役割とかまだ全然決めてないらしいけど、蘭はヒロイン狙ってるんだって。絶対見ようね」

「……っ。うん」

 何だ、今の顔。

 笑っているのに、重苦しさがある。しかし、苦笑いとも愛想笑いとも違う。

(なんで、なんで?)

 どうしてそんな顔をするの?

 私まで、苦しくなりそうだよ──


「ふ〜ん、海斗が素っ気なくなったのね。なるほど」

 姉よりも、しっかり戸山君を知っている杏奈の方が相談者としては適している。

「ごめんね。今日昨日としつこく来ちゃって。ま、まだ戸山君のこと諦めてもいないはずなのに」

「別に良いのよ。それに、もしかしたら新しい恋、見つけたかもしれないし」

「え!? ちょっと前まで「アタシの方が海斗を長く想ってる」みたいなこと熱く語ってたのに?」

「ちょっと! あんまり大声で言わないでよ。昨日と違って教室なんだから」

 人差し指を口の前に持ってきて、懇願するような視線を向けながら杏奈は「黙れ」のジェスチャー。そして、過去の自分のことであるにしても恥ずかしいのか顔を押さえる。

(女子ってやっぱり難しいな。でも、可愛い)

 スッと「可愛い」が出てくるあたり、私も女の子しているのかもしれない。実感はあまり無いけど、友達がザ・女子みたいな人だから。

「ごめん。……で、でも、昨日はまだ曖昧な感じだったのに何があったの?」

「簡単なことよ。アタシ、部活に所属することになったの」

 そういえば杏奈(さらに蘭も)は部活に入っていないんだったか。女子バスケットボール部とかにいそうなのに。

「そうなの? ──もしかして、加藤さんのいるテニス部とか?」

「違うわよ。足の速さには多少自信あるけど、運動部なんか入んないわ。それに、人で判断しないし」

「じゃあ、どこに?」


「写真部」


 目をハートにして、いかにも幸せの絶頂といった感じの表情だ。周りから見たら気色悪いと思われるかもしれないが、まあ本人が良いなら大丈夫だろう。

「意外。何でそこにしたの?」

「写真は見るのも撮るのも、割と好きなのよ。といっても、自撮りが殆どだけど。けど、それでも構わないよってあの人が言ってくれたの」

「あ、あの人……?」

「写真部部長の土手どて兎月流うづる先輩。アタシが今気になっている彼よ」

 瞳に宿る『ラブ』は先程よりも一回り成長している。「かもしれない」なんて話してはいたものの、この様子だと完全に惚れたな。

(メロメロ過ぎる……。でも、良かったか)

 うんうん。

 戸山君を好きだったはずの杏奈が別の人に首ったけ。喜ぶべき事実じゃないか。

(て、うん? なんで、安心してるの?)

 杏奈が戸山君を好きでも土手先輩とやらが好きでも、さして問題はないだろう。

 形式上は彼氏彼女。理由は私だけが戸山君を受け入れきっていないから。好きじゃ、ないから。

 そもそも、恋愛の好きを私は知らない。そう、知らないのだ。

 知らないことは出来ない。

 出来ないから、やらない。

(なんだろう。確かな事のはずなのに、言い訳に聞こえる。違うのに。全てまごうことなき真実なのに)

「どうしたの夕梨。急に黙っちゃって」

 自己暗示のような葛藤を破壊したのは当然杏奈。

 無性に不安に駆られ、自分がどんな顔をすれば良いのか私は分からない。そんな中でも「だ、大丈夫。私、その土手先輩って人、見てみたいな」と平気なフリをして話題を力ずくで変える。

「フフッ。いいわよ。そりゃあ気になるわよね」

 杏奈はどうしてあんなにも嬉しそうに笑えるのだろう。

 恋愛とはそういうものなの?

 まさか。だって、私は今、ちっとも楽しくない。幸福じゃない。

(個人差。個人差があるのかな)

 それとも……血筋?

 なんて、お母さんの過去をよく知りもしないで言うことじゃないな。


     ○ ○ ○


「この方よ〜」

 放課後。

 いつもならまっすぐ帰宅しているこの私(たまに教室に居残ったり図書室に赴いたりするが)だが、今までに見たことが無いような場所で一人の男と対峙している。

「こ、こんにちは……」

「こんにちはっ。君も入部希望者? 2日連続だなんて嬉しいな」

 180cmくらいの高身長で少し筋肉質のこの男。外見の圧とは異なり、性格は爽やからしい。

「あっ、いえ違くて……」

「先輩を一目拝みたいとやってきたんですよ、この子。健気ですよねぇ」

「えっ!? ちょっとあ、杏奈」

 土手先輩の隣でとろけそうな顔を晒す杏奈には私の声など届かない。

「そんな遠慮しなくていいんだよ。ホラ君、僕の写真のファンなんだろう?」

「え。申し訳ないですけどち、違います」

「? じゃあどうして僕を拝みたかったんだい?」

『一度姿を見てみたい』とか、結構鋭い人には「俺のこと好きなのか?」と勘違いされてしまいそうなワードだが、幸いなことに土手先輩は鈍感みたいだ。良かった。

「あ、杏奈のその言葉自体、嘘なんです。私は少し覗きに来ただけなんですよ、な、なので帰りますっ」

 初対面で体も大きく、しまいには年上という最悪の極みみたいな条件の揃った男性・土手先輩。彼には申し訳ないが、怖すぎる。

 いくら杏奈が居るといえど頼りにならないし、逃げ帰るしかなかろう。

「僕の写真テクニックを覗きに来たのかな? いやでも、僕撮ってすらなかったし──彼女、プロだね、赤江さんよ」

「そ、それは……どうでしょう?」

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