第三章
無事決定。だが、解決は……
戸山君がおかしい。
なんと言えば良いだろうか……ええと、そうだな。
そう、消極的になったのだ。それも突然。
本当に、なんの前触れも無かった。不思議なまでに。
けれどさすがの彼でも、理由なしに変化するとは考えにくい。私が見落としただけで、実は何らかのサインがあったに違いない。のだが──
(全く、見当がつかないな)
変化としてはかなり大きいものだし、きっかけが些細な事である筈はない。ならば私だって忘れないと思うのだけれど、心当たりはまるでない。
(う〜ん、なんだろう。恋をしていると小さな出来事も大袈裟に感じ取っちゃうとか? そうだったにしても今更過ぎるよね)
勇気に溢れたあの姿は、彼の魅力だと私は思う。だからそれが無くなるとなると、大分人間性が変わってしまう。
まあそれについては、別の時間に考え直そう。
今は目の前のことに集中したい。そう──文化祭の出し物決め!
「──では、現在黒板に書かれている候補の中で幾つか排除するものを決めたいと思います。皆さんが積極的なのは喜ばしい事ですが、あまりにも多いので」
学級委員の女子は述べた言葉の通り、嬉しそうに笑う。男子の方は黒板に文字を沢山書いたものだから、手が疲れてしまったようだ。
「けれど、支持が多そうなものはそのまま残しておきます。例えば……メイド喫茶とか」
教室内の多くの男子が安堵したように笑う。林田先生はどうだろうと思い見てみるが、いくら杏奈が好きだからってニヤけたりはしていないようだ。安心安心。
「まあ、排除するなら当然マニアックなものですよね。動物園のレビュー展示とか。あとは予算的に、水族館と動物園は不可能ですので、諦めてもらえると」
「むう、残念だ」
「……。そういえばアンタだったわね、これら全部」
同じ学級委員への台詞なので彼女は敬語をやめて話したようだ。
(そういえば入江(男子の学級委員)君って、動物好きだったっけ。よっぽどやりたかったんだろうな)
平等な2人だけの責任を負っているということで、学級委員は仲が良い。このクラスが特別なのかもしれないが。
とにかく、彼等のやり取りはとっても微笑ましい。それ故にからかう者も多いみたいだ。
「夫婦の会話は後にして会議進めて下さ〜い」
「はーい──じゃない! いちいちいらん事言わないで!」
「ハーイごめんなさ〜い」
反省の色を微塵も見せず、2人をからかった男子は形だけの謝罪をする。
まあいつも目にする光景だし、皆フフと鼻で笑う程度。当の本人ですら慣れすぎて軽い彼の言葉を咎める様子はない。
「という訳で今動物園とそのレビュー展示と水族館と……お化け屋敷が排除されました。入江君、どうぞ消して下さい」
「うぅ……」
重苦しい表情で白い文字を消す入江君。何故か見ている私が、申し訳ない気持ちになってしまう。
「え、ちょっと待って! お化け屋敷消すの!?」
「ええ勿論。しっかりと反省してくださいね」
「そりゃないよ〜。いくら今俺が変なこと言ったからってさ、その人案消す普通?」
「自業自得」
お化け屋敷は準備が大変そうだし、その他諸々面倒臭そうだ。しかも自分が暗闇やら幽霊やらが得意なタイプかも知らないので、外されてラッキーだったな。
「う〜ん、もう少し削りたい」
「これなんかどうだ?」
「え〜、カフェ?」
「というかこの辺全般消そう。店系面倒だろ」
「それはアンタの勝手な考えでしょ。さすがにそんなことしたら皆怒るわ」
女子の学級委員──改め
確かに私も、入江君の一存で決めるのはおかしいと思う。誰だってそうか。
「あ〜もう、どれも結構良さげだから消しにくいのよね。こりゃかなり時間がかかりそう」
「クラスのことだ。限られた時間の中で、しっかり話し合って決めようじゃないか」
『はーい』
「話し合い」と可愛らしい言い方をしているが、要は出し物会議。会議なのである。それが、今から本格的に開始されようとしている。
私は結構嫌だったのだが思いの外、皆乗り気な様子だった。あわよくば部活動時間まで長引いて、少しでも合法的にサボることができるからだろうか? なんて、いくらなんでも考え過ぎか。
ともあれこうして、我々のクラスでは会議が始まった。
私の読み通り(?)、話し合いは部活動時間にまで突入。意思が強すぎることで生まれた詭弁と、予算やら時間やらのまっとうを絵に描いたような正論がぶつかり合いやがて、この結論が導き出された。
「我が2年4組の出し物は、アイスクリーム店ということで宜しいでしょうか」
『異議なーし』
色々あったが結局、無難に食べ物屋ということにまとまる。その後何を売り出すかを決定したこの段階で、無事終了。
食べ物屋になるまでが本当に大変だった。本気で話をしていた人なんてほんの少数だったけれど、それでも様々な意見が飛び交った上に入江君が再び動物園がどうのと言い出したりと、見ているだけでぐったりしてしまいそうな内容だった。
ちなみにそれ以外の人達はほとんどスマホをいじっていた。想像はつくと思うが。
「では解散です。皆さんさようなら」
『さようなら〜』
(ふぅ、やっと帰れる)
ようやく気が楽になり荷物をまとめ始める私。その時チラリと、戸山君が視界に入った。
(……)
完全に向こう側を見てしまっている。いや別に悪いことと言うわけではないのだが、その。
いつもの彼ならば、一緒に帰れないとしても「バイバイ」の挨拶や幸せそうな視線を私へ向けるはずなのだ。
(本当に、どうして変わったんだろう。何が原因なんだろう……)
登校中は普通だったし、気付いたのは一時限目後の休み時間。
なら理由はその間に隠されている。
(う〜ん、推測もできない)
いくら校内で考えていても解決なんてしないので、ひとまず私は帰宅することにした。
○ ○ ○
(今日はお母さん遅いな〜)
それを見越して彼女が用意していた夕食を食べ入浴もしたのだが、一向に眠くならない。
何故だろう。戸山君のことをまだ引きずっているのだろうか?
「はぁ、喉渇いた。って、夕梨アンタまだ起きてたの? いくら母さんの帰りが遅いからって変に夜ふかししないでよ?」
もうとっくに眠りについていたはずの姉が起きてきた。
「いや、そういうのじゃ無くて。単純に眠くならないんだ」
「へー。なんか悩みでもあるの?」
「……それに、近いものなら」
「少しくらいなら聞くけど? お姉ちゃんだし」
「えっ?」
軽いノリで「お姉ちゃん」と口にする姉だが、今まで一度もそれらしい事をしてこなかったのに。
やはり最近、私達の距離がグンと近付いているな。しかしこれも、パンケーキを食べに行ったあの日が無ければ成り立たなかった関係。
「えっと……。昨日、だっけ? 私とお母さんが2人で帰った日」
「あぁ、うん。もしかして、夕梨に目を付けてるっていう
「うん。実は。その……彼はね、とっても勢いよく来るタイプなんだけど。けど最近──というか今日は様子がおかしくて」
「へぇ。すごい最新の悩みだ」
よほど喉がカラカラだったのか姉は、夏は過ぎ去ったというのにペットボトルの水をラッパ飲み。
それもつい先程まで冷蔵庫でキンキンに冷やされていた物であるから、お腹を壊しそうな代物だ。
「……プハッ」
一気に飲み終えた姉は私の悩みの詳細を求める。
「で、彼がどうおかしいの?」
「その、なんか全然、来ないんだよね。私の所に。いつもはうんざりするくらい、話し掛けてきたりするのに」
「ふぅん。でも、いつもはうんざりしてるんでしょ? なら煩わしいのがいなくなって、良いことなんじゃない?」
「あっ……」
今まで気付かなかった何かに、一歩近寄った気がした。
そういえば、戸山君のことを気にするばかりで、一度も「清々した」「嬉しい」と思っていないのだ。
勿論、逆も無い。無いんだけれど。
「そうだ。そう、そうだよね。だってしつこくしつこくこっちに来て……、うん」
迷惑で迷惑で仕方ない。そう考えていたはずなのに。
何故私は、戸山君がそっぽを向いてくれて良かったと素直に喜ぶ事ができないのだろうか?
「なんか自分に言い聞かせようとしてない? すごい動揺してる。もしかして、夕梨が認めようとしなかっただけでさ、本当は──」
「ただいま〜」
口裏を合わせていたのかと疑う程に神がかったタイミングで母が帰ってきた。
「おかえり〜。……じゃあ夕梨、この話はまた後でね」
「うん」
(なんて言おうとしたんだろう。気になるな)
しかしそれと同時に、嫌な予感を抱いていた自分もいる。
私自身、また分かっていない。いや、本当は姉の言葉通り、認めたくないだけなのかもしれない。
とにかくその『何か』を直接刺激されそうだったのだ。
(でもお母さんが来て、良かったのかも)
まだ知らないということは、必要がないことに直結する。
そうに違いない。というか、そうなのだ。それがこの世の中というものである。
なにはともあれ、お陰で睡眠欲が出てきた。
今日はもう、眠りにつくだけだ。
頭の中に色々と引っかかるものはあるが、今だけは忘れよう。
安心してまた明日、目を覚ませばいいのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます