図書室と母
戸山君がクラスTシャツの襟ぐりに頭を通した時、皆から小さな歓声が上がった。
「似合ってるぞ、海斗」
「え? あ、ありがとう」
リアクションが中途半端なのは、シャツの色味が微妙だと感じているからだろう。
「よし。戸山もTシャツを着たことだし、とにかく今日は協力して活動するように。いいな?」
『はーい!』
私達と同じ服を身に着けている林田先生、いつにも増してワクワクしている様子。
(先生、少年みたいな顔してるな。ふふっ)
生徒と同じ格好をして、同じ目線に立って、同じ胸の鼓動を感じる。そんな彼の姿は、もはや生徒と言っても差し支えなかった。
「──梨、夕梨。何ししてるの、早く来なって」
「えっ、何?」
「何? じゃなくて……。見て察しなさいよ。円陣よ、え・ん・じ・ん!」
周りを見てみると、皆肩を組んで丸くなっているではないか。
「……私も、入っていいの?」
「? 良いに決まってるじゃない。だから来てって言ってるんでしょ!」
「そうだよ夕梨ちゃん。それに、「入っていい」じゃなくて、私達は夕梨ちゃんに「入ってほしい」んだよ」
杏奈と千秋さんは私の目をしっかりと見据え、優しい声でそう言った。
「ありがとう」
私はそう呟いて、彼女達の肩にそっと腕を乗せる。
するとクラスメイト達はにっこり微笑み、私を歓迎してくれた。
「頑張るぞ〜っ」
『おぉ〜〜!!』
○ ○ ○
二年四組のアイスクリーム屋、開店。
「夕梨はどの味が一番早く売り切れると思う? アタシはイチゴ味よ」
「あ〜、確かにイチゴは人気の味だよね。でも私はチョコだと思うなぁ」
「まぁ予想するならその二択になるよね〜。私もチョコ派だよ、夕梨ちゃん」
お客さんを待っている私達は、これでもかという程不毛な会話で暇を潰していた。
「ありえないぐらい暇ね。なんかアタシ不安になってきたわ」
「大丈夫だよ。まだ朝だから皆アイスの口じゃないだけだって。……多分」
「そうね。むしろシフトこの時間にしてラッキーって、思うべきよね」
「うんうん」
午後の蘭のクラスの演劇を見に行くため、私と杏奈は店にいる時間を午前中に詰め込んだ。
それが功を奏した……という訳ではないのだが、お客さんが異常なまでに訪れないこの状況に、私は少し安堵している。
(接客するって、絶対辛いもんな〜)
「お客様ご来店で〜す」
安心していたそばからこれだ。
(……って!)
私は急いでそのお客さんに近寄り、手を後ろに組んだ。「い、いらっしゃいませ」
これは杏奈と蘭に教えた、「この人がお母さんだよ」という合図。まさかこんなに早くに使うことになるとは。
「図書室って、どこにあるの?」
「え、図書室? どうして?」
来て早々、母は変なことを言い出す。
「ちょっと用があるの。夕梨、場所知ってるでしょ? 案内はいいから、口頭で教えて」
文化祭のパンフレット(マップ入り)を片手に持っているのだから、母が図書室に自力で行けないなどありえない。
私の様子を窺うため、わざわざ訊きに来たのだろう。
「わ、分かった。えっと、二階の一番右側にある部屋が図書室だよ」
「ありがとう。じゃあね」
「アイスは買っていかないの?」
「後で由莉とまた来る予定だからその時ね」
「わ、分かった。待ってるね」
小さく笑みをこぼして、母は教室から姿を消した。
(一体図書室になんの用があるんだろう。本を借りるんだったら別に学校の図書室である必要はないよね……。先生に話があるとか?)
母と松江先生との間に話のネタがあるとは思えないが、どうなのだろうか。
それから十数分が経過すると、店にはぼちぼちお客さんが増えていった。宣伝係である戸山君、彼方君のおかげだろうか。
「えっと、これがチョコ味です。どうぞ」
どんなに頑張っても振動し続ける手でアイスクリームをお客さんに渡し、心配そうな顔を向けられる私。
(はぁ、あの時どうしてパーを出しちゃったんだろう。辛いなぁ)
本当は、もっと裏側の役目を担当したかった。
けれど定員オーバーによって開催されたじゃんけん大会で完全敗北(一人負け)してしまったために、こうして表舞台に立つ羽目になってしまったのだ。
「千秋さん、私ちょっとトイレに行ってくるね」
「了解! なるべく早く戻ってきてね」
「うん」
隣の教室の前にあるトイレに、小走りで向かう。
しかし突如加えられた謎の力によって、私の前進運動は中断されてしまった。
「……ちょっと久しぶりだね、木嶋さん♪」
文化祭特有の喧騒がまるで耳に入らないくらい、私の体には大きな衝撃が走ったのだった。
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