自力で頑張らなきゃ。

 背中にじわじわと何者かの気配が近付いてくる。

 いや、「何者か」なんて分かっていないような表現はやめよう。後ろから私に寄ってきているのは紛れもなく加藤さんではないか。

「……ひ、久しぶり。加藤さん」

「突然で申し訳ないんだけどね、私怒ってるの。アナタに」

 こんな時どんな言葉を返すのが正解かなんて察することが出来るはずもなく、私はただ耳元の囁きを聞いているしかなかった。

「その理由は分かるよね? 当然だよね、理解していなかったらただの馬鹿だもの。木嶋さんには馬鹿というより臆病とか行動力が無いっていう肩書の方がお似合いだし、事実その通りなんでしょ? 杏奈から離れることができない、嫌われてしまうことが怖い。ねぇ、そうなんでしょ? 何とか言ったら?」

「確かに、杏奈から嫌われてまた一人になってしまうのが怖かった。それに物を盗られる程度なら、私が我慢すればなんとでも誤魔化せる。気付かれなければそれでいいって思って」

 なぜ私は、加藤さん相手にここまで馬鹿正直に語っているのだろう。どうせ彼女に響くことはないというのに。

「そう。……私とはまるで正反対ね」

「な、何が?」

「っ! 何でもない! アンタ相手には盗みなんて甘過ぎたみたいね。ならもっともっと、痛い目見せてやるわ」

 力いっぱい私の腕を掴んだ加藤さんは、周りの視線も気にせずに歩き出す。

「か、加藤さん! 申し訳ないんだけど、私お手洗いに行きたくて……」

「はぁ? 緊張感なさ過ぎ。アンタまさか馬鹿の方だった?」

「ご、ごめん」

 元々私はトイレのために廊下に出てきたのだから、仕方ないではないか。


     ○ ○ ○


「夕梨ちゃん遅いね。大丈夫かな〜?」

「気にしなくても大丈夫よ。あの子はきっと、とびきりの笑顔で帰ってくる筈だから」

「えぇ? お手洗いに行っただけなのに?」

「そうよ。まぁとにかく、心配しなくてもOKだよってこと」

「??」


     ○ ○ ○


「えっと、ここは?」

「私のとっておきの場所。行事で校舎内は大賑わいだけど、ここだけはずっと静かなの」

「へぇ。この学校、ウサギなんて飼ってたんだね」

 どうやらここは校舎の外のウサギ小屋周辺のようだが、初めて足を踏み入れる空間だ。辺りには駐車場も駐輪場もない上、ある程度の丈を持った木々が生い茂っている。つまり、もし何かあったとしても助けを呼ぶのは不可能に近い。

 己の力だけでなんとか、解決しなくては。

「可愛いでしょ。右がチョコ、左がスノーって名前よ。見た目から付けられてるから安直だけど」

「でもその方が分かりやすくていいと思うよ。それにしても可愛いね〜」

「フフ、木嶋さんならそう言ってくれると思ってたわ。──でも、じきに恐ろしくなるよ」

「?」

(まさか、ウサギを使って何かしてくるつもり……?)


 ガチャンッ!!


「か、鍵……、持ってたんだ」

「そりゃあ、私飼育委員だもの」

 ギィィィ……。

「こんな日もお世話だなんて、仕事熱心なんだね」

「お世話……。そうね、いい玩具を見つけたから、遊ばせてあげようと思って」

「お、玩具?」

 嫌な予感はしていたというのに逃げるタイミングを見つけられず、気づいた頃には腰が抜けていた。

「チョコ、スノー、目の前の女は玩具。好きなだけ遊びなさい♪」

 私の前に、それぞれ茶と白の毛を纏った、瞳に穢れを宿らせる生物達が放たれた。

 彼らは私と目線を合わせながら大きく口を開け、顔に飛び掛かろうとする。

(ウサギに本気で噛まれるとすごく痛むって聞いたことがあるな。もし鼻や目を噛まれたら、無くなってしまうかもしれない……っ)

 しかしもう私は彼らの餌食となる他ない。少しでも被害を小さくするためにそれなりの痛みは覚悟して、顔を手で覆い隠した。

「っ! …………?」

 体をつんざかれるような痛みを想像していたというのに、私を包んだのは人の温もりだった。

「大丈夫? 木嶋さん」

「──と、戸山君!?」

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