幼馴染

 「何故私がこんな所にいると分かったのか」とから「私に憤怒していたんじゃないのか」など、数多の疑問が脳内を駆け巡る。

 しかしそれら全てをはねのける、圧倒的に大きな感情が存在していた。

「た、助けに来てくれたの……?」

「うん、」戸山君はにっこりと微笑んで、私の頭を撫でてくれる。「そうだよ」

 頭が、身体が、戸山君に触れている。その事実だけで私は胸が満たされた。

 同時に、自分が待ち望んでいたのはこれだったのだと知った。

「ア、アンタら、何イチャイチャしてるの? お願いだからこれ以上私を怒らせないで。──行きなさい、チョコ、スノー。今度はしくじらないでよ」

 加藤さんの声がとうとう狂気に染まってきた。先程のウサギ達による攻撃は戸山君が厚手のアウターを身に着け私を庇ってくれたことで防げたけれど、二度も同じ手が通用するとは思えない。

「どうしよう戸山君。逃げる?」

「いや、途中で足を噛まれる可能性があって危ないよ。それに、今は待っていれば大丈夫だから」

 余裕たっぷり、戸山君は言ってのけた。

「待つって、一体何を?」

 そう訊いても彼は頷くばかりで何も答えてくれない。

 殺気を放った獣たちがもうすぐそこまで迫っているというのに、顔色一つ変化させない戸山君。もしや、加藤さんと裏で手を組んでいたのだろうか?

(だとしたら私、ここでこ──)


「麗奈!!」


「何よ」顔で煩わしいと言いながら、声のした方へ目を向ける加藤さん。険しかった表情がじわじわと崩れていく。「あ、杏奈!? どうしてこんな場所に……」

「どうしてって。アンタがアタシの友達に妙な真似してくれてるからよ」

「妙って何よ! 私はただ制裁を加えてただけだから」

「ふ〜ん。制裁、ねぇ」爪を弄りながら、杏奈は加藤さんへ歩み寄っていく。

 やがて二人の距離が目と鼻の間になった時、杏奈は呟いた。

「アンタって本当、バカな子ね」

「はぁ? バカって、どこが」

 ──バチンッ!! 杏奈、痛烈なビンタをかます。

「……」

「アタシが麗奈の何をバカだと考えているのか位、察してみなさいよ。アタシの幼馴染で大親友なら、朝飯前でしょ」

「えっ、と……」叩かれた頬をさすりながら加藤さんは思考するが、ひらめく様子は全くない。ただ悔しそうに杏奈を見つめているだけだった。

「分からないのね、何年も一緒に居たのに」

「……」

 加藤さんは何も言葉を返さない。

「大体ね、バレてないとでも思ってたの? 夕梨の物盗んでたこと」

「!? 何で知って……」

「バレバレよ。夕梨ってばすごい挙動不審だったから。まぁ今回は少しそれを利用させてもらったし、あまり咎めないでおくわ。……ウサギは別だけど」

 一瞬だけ、杏奈がこちらに視線を送ってきた。その先にいたのは私ではなく戸山君。手を組んでいたのは加藤さんではなく杏奈だったようだ。

(だから私の居場所が分かったのか。疑っちゃって申し訳ないな)

「こ、今回って、どういうこと……?」

 それはまるで、蚊の鳴くような声。

「え? 今までアンタが色んな子を脅してきたのを知ってるから、夕梨の件を今回って言ったのよ。何か不満であるの?」

「そ、そんな……」

 加藤さんは、杏奈に気付かれぬよう水面下で動いていたつもりだったのだろう。だが杏奈は中々鋭い人だから、きっとどこかでボロが出てしまったに違いない。

「……この際だから言わせてもらうけど、アンタのやり方って本当に腹が立つのよ! クラスの女子に命令してアタシを社長みたいに扱わせるし、そのせいで親しい友達が作れないし、たとえできてもすぐ離れていってちゃうし、私が悪さしても誰も「やめようよ」っていってくれないし、そのせいでアタシは調子に乗ったまま高校生になっちゃうし!」

 長い長い期間溜め込んでいた幼馴染への本音を放出した杏奈。一度呼吸を整えて、再びその口を開いた。

「でも──、それでも、アタシはアンタのことを嫌いになれない。麗奈が人を傷付けるのは、アタシのせいでもあるから」

「な、何言ってんの杏奈! 杏奈は何も悪いことしてないでしょっ。全部、私の責任だから。──杏奈のためって勘違いして、一人空回りしてただけ。自分のエゴの為にやってたときもあったし……」

 潤んだ瞳を必死にこする加藤さんを、杏奈は無言で抱きしめる。すると二人の可憐かつしたたかな少女達は涙を堪えるのをやめ、晴れの日の乾いた地面を湿らせた。


 二人が落ち着いてきた頃、杏奈は優しい笑みを浮かべてこう口にした。

「ちゃんと反省できたようだし、この先同じ過ちを繰り返さないと約束できるなら、アタシはもう麗奈に何も言わないわ。けど、夕梨。アンタは麗奈をどうしたい?」

 そんなことを言われても、私だって杏奈と同じ気持ちだ。今から彼女に恨み節なんかをぶつける気はない。馬耳東風で周囲を見ていなかった加藤さんが過去の行いを反省しただけで、もう充分だ。

「別に、どうこうするつもりはないよ。ただ、その、友達に、なってもらえないかなって」

「と、友達……?」いかにも腑に落ちないという顔つきの加藤さん。「私は本気で木嶋さんに痛い目見せてやろうとしたのに、友達になんてなっていいの?」

「うん。だって私、今まで友達が全然いなかったから。これからは、積極的に作っていこうと思って」

 今の台詞が本心であるのを示す為、私はただにっこりと笑った。

 杏奈も、私の隣にいる戸山君も、ついにはウサギのチョコとスノーまでもが、私に続いて微笑んだ。

「ふ〜ん。まぁ、色々ひどいことしちゃったし、友達になって償えるなら、それほど良い話はないかっ」周りを見回して、とうとう加藤さんも笑った。

「でも、その前に」座り込んでいた私の方へ、加藤さんがカツカツと音を立てながら近付いてくる。

「今まで、ごめんなさい。盗ったものは、後日お詫びの品を付けて返却します。どうか、許してください」

「そ、そんなに畏まらなくても……。それに、私怒ってないし大丈夫だよ。ものは返してほしいけど、わざわざお詫びの品なんて大げさだよ」

(お母さんにバレたら怒られるかもしれないし……)

「でも、それぐらいのケジメはつけさせてもらわないと……」

「いや、本当に大丈夫だから」

「そっか……」私が迷惑がっていることが伝わったのか、加藤さんはあっさり引いてくれた。

「じゃあ、そろそろ校舎内に帰りましょ」

 杏奈の声で、今日は文化祭の日であることを思い出す。

「そうだね、千秋さんとかが心配してるかも」

「ん〜や、アタシが話つけとくから、夕梨達はもう少しここに居なさいっ」

「えっ?」

「バイバ〜イ♪」

 杏奈は私と戸山君を置いて、加藤さんをグイッと押しながら走り去ってしまった。

(戸山君と、ちゃんと話をしろって事……?)

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