念願の動物園!
『行ってきます』
姉妹で声を揃えてそう言うと、母は「行ってらっしゃい。あまり遅くならないようにね」と私達に返した。
玄関の鍵を締めた姉と顔を見合わせ、とびきりの笑顔でハイタッチ。
私も姉も、今日はすこぶる機嫌が良い。私に関しては言うまでもないだろうが、ついに戸山君とのデートが実現するからだ。
そして姉が今私の隣で嬉しそうに歩いている理由は──「あ、由莉ちゃん!」
「賢二君! もう来てたんだ」
「うん、今日は凄く早起きできたから」
澤田賢二。彼は姉の同級生であり、想い人だ。
結構直前に誘ったというのに、彼は快く「いいよ!」と言ってくれたらしい。それを受けて「もしかしたら脈アリかも……!」と姉は浮かれていたが、実際のところは分からない。
「えっと、その子が妹さん?」
「うん、夕梨っていうの。動物園では別行動だからあまり関わらないとは思うけど、名前だけは覚えてあげてね」
私の紹介に入ったため、とりあえず澤田さんに会釈をして「よろしくお願いします」と挨拶をする。
(……眼鏡)
姉が目が悪い訳でもないのにやたらと眼鏡をかけていた理由がようやく分かった。
(姉さんって好きな人の影響を受けやすいタイプだったんだ)
微笑ましく思っていると、突然優しく肩を叩かれた。
「?」
「おはよう、木嶋さん」
「! おはよう、戸山君っ」
「──そして、誕生日おめでとう。はい、これ」
「あ、ありがとうっ」
手渡されたのは、本のようなものだった。
期待を込めて中を開いてみると、そこには沢山の猫の写真が。
「……可愛い」
「でしょ? その仔うちの仔なんだ。前猫が好きって言ってたから、喜んでくれるかなって思って」
(前……?)
私、戸山君にそんなことを話していただろうか?
あまり覚えていないが彼がそう言っているならまぁ事実なのだろう。
「そうなんだ。本当にありがとう、戸山君。いつか生のこの仔に会わせてね!」
「うん!」
「二人共! そろそろ電車きちゃうよ!」
二人だけの世界に没入していたが姉の声でハッと我に返り、急いで走り出した。
「い、今行く!」
「まだお姉さんと澤田さんへの挨拶してないのに……、電車来るの早いね」
「そうだね。挨拶は電車内で軽くやろっか」
「だね」
○ ○ ○
二時間弱電車に揺られ、とうとう動物園へと足を踏み出した私達。
「五時半に入り口に集合しよう」と決めて姉達と別れ、とうとう戸山君と二人きりでのデートが始まった!
「木嶋さんは何か見たい動物いる?」
「う〜ん。初めてだから全部に興味があるけど……特に見てみたいのはライオンかな」
「ライオン……。ならこの道で大丈夫だね。もうしばらく歩けばライオンがいるよ」
「なんか戸山君、詳しいね」
「え? 別にそんなことないよ。パンフレットを見てるだけだし」
そんな会話をしながら、私達は百獣の王へと歩を進めていった。
しかしその足は、数分後にピタリと停止する。
キーッ! キーッ!
「何かなこの声……」
「あっちにいる猿だと思うよ。ケンカでもしてるんじゃないかな」
「ケンカ!? ちょっと見てみたいな。先に猿山に行かない?」
「木嶋さんが見たいならいいけど……」
キーッ!! キーッ!!
猿山の中でもとりわけ大きな猿が、自分よりもかなり小さい猿を追いかけ回している様子が目に映った。
小さい方は、ひどく怯えているように見える。私達はただなんとなくこの光景を眺めているけれど、彼はまるで、命をかけて逃げているみたいだ。
その姿は、私達人間なんかよりもよっぽど格好良いように感じた。
「……そろそろ、ライオンの方に行こっか、戸山君」
「木嶋さん。その前に、話したいことがあるんだ」
「え?」
「思い出したんだ。説明しなくちゃいけないことを」
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