アタシの想い②

 ──いくら決意を固めようが、それを行動に起こす方が難しい。

 それを私は今痛感している。

 杏奈さんが扉の先に居る。そしてそれを開けば、私と彼女は二人きりになるのだ。

 私は図書室で大分時間を潰したし、杏奈さんの取り巻きが教室を出ていくのを確認した。

(だから、きっと大丈夫。……というかどっちにしろ、この扉を開けないと帰れないし)

 ガラガラ。

 杏奈さんが鋭い眼光を私に向ける。

「アンタ帰ったんじゃないの? 最悪っ」

 窓の外を眺めていたようだったがすぐにそれをやめ、自分の机に置いていた鞄を持って帰ろうとする。

「あ、あの……」

『きっと杏奈さんは恐ろしい顔をしている』。そう考えると怖くなって、彼女に視線を向けられなくなった。

「うるさい。キモい。話し掛けるな」

 小さな罵声と共に、杏奈さんは教室から出ていってしまった。

(やっぱり、話も聞いてもらえないか……)

 だがこれでも、私にしては勇気を出した方。

 彼女に何かを発すのは、自分に刃物を向ける人間に対して語り掛けるかのような恐ろしさがあったのだ。


     ○ ○ ○


 翌日の、教室でのこと。

「木嶋さん昨日赤江に何か言ったの?」

「え、別に、何にも」

 話をしようと思ったが、さすがにあれは『何かを言った』内に入らないだろう。

「そうかあ……。なんかさ、昨日あいつからメールが来たんだよね」

「メール?」

 メールが届いていたという事実以前に、二人がアドレスを交換していた事に驚きだ。

 嫌いでも好きでもメールくらいはする、という訳なのか?

「うん。

【木嶋夕梨を黙らせて。無駄にうるさい、アイツ】って」

 戸山君が実際にメールの内容を見せてくれた。

 そこには【黙らせて】だけではなく、様々な愚痴が並んでいる。

「本当だ。で、でも、喋ってないし……」

「だよね。俺も木嶋さんと赤江が話すとは思えない」

 彼がう〜んう〜んと唸っていると、彼方君が生徒会の仕事を終わらせてやってきた。

「単純に、海斗と会話してるのが嫌とかじゃなくてか?」

「え、そういう事!? でも、それは俺が嫌だよ」

「んな事分かってるよ。別に俺は命令に従えなんて言ってないだろうが」

 ──けれど、従わなかったら……?

 とうとう本格的に、私達に危害を加えてくる可能性が出てくる。それは避けたい。

 彼女の思いの丈を、きちんと知れていない状態だから。

「あいつは海斗の事が好きだろ。だからお前と木嶋さんの会話すらも多分嫌なんだろうよ」

「え……そうなの?」

「し、知らないのか!? 有名な話だぞっ」

「え? え? 本当に?」

 戸山君は目をぱちくりさせていた。瞳が開く度に、頬は桃色に染まっていく。

「全く。その様子じゃあ、大量の女子にキャーキャー言われてんのも知らないだろうな」

「大量の女子に……? え、え、えぇぇぇ!?」

「部活中すごい人が集まってくるだろ。あれなんだと思ってたんだよ」

「え、あれって俺ら見てたの? てっきりバレー部かと……」

「鈍感だな、お前」

「ご、ごめん……。て、そんな話はどうでも良いんだよ!!」

(!!)

 杏奈さんが戸山君に好意を寄せている事がさらりと流されてしまった。もう少し詳しい情報が欲しかったのに。

「木嶋さんと話せなくなるのは嫌だ!」

 戸山君が机を叩いて、必死に訴える。

(私としては、嬉しくすらあるけれど……)

 しかし、デメリットも少なからず存在する。一人になってしまうというのは、あまりにも不安だ。

「なら、赤江をどうにかするしかないな。命令に逆らったら、本格的に何かしてくるかもしれないし」

「だけど、どうすれば良いかなんて分からないし……。女子に暴力振るうのはもう嫌だよ」

(もう?)

 戸山君は誰かと喧嘩でもしたのだろうか?

「……あの」

 二人が杏奈さんのことをどれ程知っているのかは分からない。

(けど、訊いてみた方が良いよね)

「どうしたの? 木嶋さん」

「わ、私は、赤江さんの気持ちをちゃんと知りたい。……理由もなく変な事を言う人ってそういないと思うから」

「木嶋さん……。優しいんだね」

 私の意見を聞いた戸山君は小さく笑った。

「その考え方は無かったな。……確かに赤江は、自分にとって都合が悪くなるとすぐ変な事を言うから悪役みたいなポジションになっているが、だからといって「コイツは悪い奴」というレッテルを貼るのも良くないし」

 彼方君も腕を組み頷きながら、私の考えと似たような事を言ってくれた。

「わ、分かってくれたみたいだね。……良かった」

「ただ問題はどう聞き出すか、だけどな」

 そんな事は分かっている。

 昨日だって、杏奈さんの気持ちを探ろうとしたが結果は失敗。私は罵声を浴びせられただけだ。

 傷付いたりはしない。けれど、彼女があのままであってほしくはなかった。

「だよね〜。今の赤江じゃ俺とも喋ってくれないかもしれないし」

「そりゃ、この前の会話で話しづらくなってるだろうな」

「……それ以前に、戸山君に対して赤江さんが簡単に想いを伝えられるはずないよ」

『当たって砕けろ!』みたいな考え方を持っていない限り、軽々しく「好きだ」なんて言える訳が無い。

「そうだね……」

「……というか、別に赤江本人から想いを聞く必要はないよな? 取り巻きみたいなの沢山居るし、その内の一人とかに聞けば良くないか?」

 彼方君が目を見開いて言った。

 確かに、それはいい考えかもしれない。

 ただ──

(取り巻きの人に気持ちを打ち明けているかは分からないし、本人じゃない人から聞き出すのって何だかな……)

「おぉ! 卓也冴えてるね! 取り巻きの中でも親しそうなのは、えっと……」

 戸山君が腕を組み、考え込むポーズをとる。

「加藤じゃない? 加藤麗奈れな

「加藤さん……?」

 彼女は確かに、常に杏奈さんと共に行動している、というイメージがある。杏奈さんとは小学校からの仲と聞いた事があったし。

「麗奈か。なら俺が訊こうか? 割と仲良いんだ」

「そうなの? じゃあ卓也に訊いてもらおう! それで良いかな、木嶋さん」

「え。あ、うん」

 杏奈さんになるべく刺激を与えない方が良いというのは分かる。

 けれども、加藤さんからの情報を得たとして、それは彼女の見た範囲での杏奈さんの気持ちになるのではないか? と、不安になってしまう。

(でもプラスに考えれば、少しでも本当の気持ちには近付ける……ともとれるか)

 どちらにせよ、私達よりも加藤さんの方が杏奈さんを見ているのだから、訊いて無駄になるという事はきっと無い。

「何を訊くって?」

 話し合いが終わり、戸山君が別の話題を振ろうとした所で、彼の背後から蘭さんが現れた。

「えっ!? ら、蘭じゃん。突然どうしたの」

「三人で何か話してるみたいだったから、気になっただけよ。で、何を訊くって?」

 蘭さんが教室でまで話してくるのは初めての事だった。

 理由はただ一つ、クラスが違うから。

「……赤江の気持ちだよ」

「杏奈の気持ちぃ? どういう状況なのよ、一体」

「俺と木嶋さんが付き合ってるっていう噂が広まっているのは蘭も知ってるでしょ?」

「うん。……でもそれは事実じゃない」

 蘭さんの表情が心なしか暗くなった。

「そうなんだけど、それがキッカケになったのか赤江の奴、木嶋さんの悪口ばっかり言うようになったんだよ。しかも大勢の生徒の前で」

「そ、そう」

「だから「どうにかしよう」って話し合ってたんだけど、木嶋さん本人が『赤江の気持ちを知りたい』って言うから、卓也が加藤から聞き出すって事で落ち着いたんだ」

 戸山君が一通りの説明を終えると、蘭さんはチラリと私に視線を向けた。

「ふ〜ん。コイツがそんな事言うなんてねぇ」

「コイツって言うな!」

「ハイハイ」

 戸山君からの叱咤ののち、蘭さんは何やら考える仕草をし始めた。

「……そうだ」

(?)

 蘭さんの口元が緩む。

「アタシが訊いてきてあげようか? 杏奈に直接」

(!!)

 確かに蘭さんなら杏奈さんと親しそうだ。しかし、彼女が恐ろしい程に不敵な笑みを浮かべており、嫌な予感が脳裏をよぎった。

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