友達と憶測
「あんな大人しそうな奴が杏奈の弱みを握るなんて、あり得ない事もあるんだなぁ」
「まあ赤江散々アイツの悪口言ってたからな。恨み買ったんだろ」
「まあ付け回すくらいだからな。面に出さないだけで、そうとうストレス溜めてただろうに」
「ほら見て。杏奈また木嶋さんと喋ってるよ」
フフフ。
いい調子いい調子。
皆アタシの流したデマに、馬鹿みたいに騙されてるわ。
本当おかしい。
杏奈と木嶋夕梨が仲良くなった事には感謝ね。海斗と復縁しやすくなったし。目を覚ました海斗に告白されたら、お礼を言っておかないと♪
「ねぇ、蘭」
「あら、どうしたの? ──
アタシに近寄ってきたのは、加藤麗奈という女子生徒。
杏奈とは古くからの付き合いで、「自分は彼女の一番の親友である」と豪語していた女よ。
そんな麗奈がアタシに声を掛けてくる理由。あらかた予想はできていたわ。
だって麗奈は、そういう奴だから。
「木嶋さんが握ったっていう、杏奈の秘密って一体何なの?」
俯いているので顔は見えないが、『焦り』は声で充分伝わった。
「さあ。さすがにそこまでの情報は掴んでないわよ」
「……私が知らない情報かな?」
「だから知らないって。心配し過ぎよ麗奈は。友達にまで独占欲が強いのね〜」
揶揄するように言うと、麗奈は勢いよくアタシの肩を掴み、揺さぶってきた。
「うわっ」
「ずっと昔から仲良くしてきた友達だよ? その私より、どこの馬の骨とも知らない輩の方が杏奈の情報を持っているのはおかしいの! 異常なの! 分かる!?」
「痛い痛い!! やめて! ……麗奈、アタシ何度も言ってるでしょ? その気持ち、痛いほど分かるって」
アタシだって、あんな奴に海斗を取られてしまうのは嫌だ。
だって、アタシの方が何年も何年も海斗を見てるのよ? 沢山思い出話があるのよ?
先日、海斗はアタシが『色んなものに満ち溢れている』と言い放った。『協力する事を好まず、全て一人で解決しようとする』と。
それの……何が悪いっていうのよ。
「何でも一人で出来る」っていう、格好いい女でいちゃ駄目なの!?
(海斗、頼られたい系男子なのかも)
あのオドオドしきった木嶋夕梨に惚れるくらいだから、そうじゃない方がおかしいわね。
「蘭! アンタ何ぼーっとしてんのよ! 私はどうにかして、木嶋さんが得た情報を手に入れたいの!」
麗奈は再びアタシの肩を揺さぶる。コイツ手加減ってものを知らないから、容赦なくて普通にやられるより痛いのよね……。
「分かったから、やめてくれる。痛いのよ、コレ」
「じゃあ手を離す。だから教えて、木嶋さんから聞き出す方法を」
弱ったなぁ。
木嶋夕梨が得た情報など本当は存在しないのだから、いくら作戦を企てようと全て無意味である。
でもそんな事、麗奈は知る由もない。だってアタシの嘘を信じ込んでしまっているから。
「う〜ん。──とりあえず、本人に直談判。これより他無いでしょ」
面倒ごとはなるべく避けて通るべき。揉めるなら、木嶋夕梨と麗奈で揉めててね。(まあ、麗奈には申し訳ないけど)
それにしても……杏奈のことになると本当必死よねぇ、麗奈は。傍から見たらアタシもあんな感じなのかしら。
なーんてね。麗奈のは、同性だから変に見られるだけ。その点アタシ達は異性同士だから、ただの恋する乙女に他ならないわ。
「私、あの子とそんな親しくないしなぁ。でも、杏奈の秘密をゲットしたいし……」
「麗奈。これは杏奈のための行動よ。木嶋夕梨から上手いこと聞き出せば、アンタは杏奈を救えるの」
打算など無い、友としての純粋な笑み。
を完全再現した笑顔を向ける。
笑顔の演技なんて簡単よ。無心で、力を抜けばそれっぽくなる。そうでなくとも、アタシは表情づくりが得意だし。
「蘭……。そうよね、苦しんでいる杏奈に救いの手を差し伸べる行為なのよね、これは」
麗奈は拳をギュッと握ると、満足そうに教室を去った。
この後どんな展開になるかは分からないけれど、まあいいわ。追々考えていけば。
無鉄砲かもしれない。けどしょうがないじゃない。
愛する人のために何か行動を起こさなければ、真に『恋した』とは言えないもの。
○ ○ ○
「木嶋さん」
突然話し掛けてきた加藤さんは、敵対視したような視線を私に向けてきた。
話をするとすれば噂の件だろうが、何をあんなに邪険にする必要があるのだろうか。
「な、何?」
「今、学年で木嶋さんの噂が広まってるの、知ってるよね?」
「ま、まあ」
蘭さんの流した出鱈目であるが。
「木嶋さんが握った杏奈の秘密って一体何?」
「え、えぇと……」
かなりの至近距離まで顔を近付けてくる。相当焦っているのが伺えるな。
でも何故加藤さんがここまでそれを気にするんだろうか。確かに二人は親密な関係らしいが、杏奈さんの様子を見る限りでは『秘密は共有』というまでの仲ではなさそうだった。
(もしかして……加藤さんが一人でドタバタしてるだけ?)
失礼だけれど、ジロジロと加藤さんを見つめてみた。
少し顔も強張っているように見えるし、冗談で問うてきたのではない。これは確実であると言っていいだろう。
「あ、麗奈。何してんの?」
助かった。杏奈さんだ。
彼女の口からあの噂がデマであると聞けば、加藤さんだって信じてくれるだろう。
「杏奈! 今木嶋さんに、杏奈のどんな秘密を知ったのか聞いてるところよ」
「秘密ぅ? あ、あの蘭が流したやつね。……あれただの作り話よ」
杏奈さんは興味なさげに、あくびをしながら言い放った。
ふぅ。
ひとまず、これで加藤さんがしつこく質問してくる事はないだろう。
「作り……話?」
「うん。蘭が怒り狂って勝手に流した、嘘なのよ」
「う、嘘なの。……そう」
加藤さんは何故か固まっている。
どうしたのだろう。
「? 麗奈?」
杏奈さんは少し心配そうに加藤さんの顔を覗き込んだ。
「……良かった」
「え。何が」
杏奈さんは一歩
「良かったあぁぁ!」
加藤さんは人目もはばからず、大声を絞り出した。
教室内に居る周りの人達、私、そして杏奈さんも、その声に仰天しきっていた。
しかしそんなこと意に介していない様子で、加藤さんは涙を流していた。
「え、アンタ分かった? あんなに喜んでる理由」
「い、いや、全然……」
と返してみるも、少しだけ推察できていた。
加藤さんは、自分と杏奈さんの関係がものすごく深いものと考えている……のだと思う。
そう、それはまるで──蘭さんのような。
だがさすがにあそこまで重症ではないだろう。杏奈さんも、加藤さんがウザいだとかいう話はしていなかったし。
(でも、戸山君も蘭さんがあんなだって事を知ったのは最近なんだよなぁ)
でもまだ加藤さんの方が、常識をわきまえていそうな気がする。
「あの、麗奈。大丈夫?」
「え? 当たり前でしょ。……この涙は別に何でもないから無視して」
加藤さんは瞳にたまる涙を拭い取り、笑った。
「わ、分かった……」
加藤さんの笑顔の純粋さに気圧され、杏奈さんはそう答えるしかなかった。ように見える。
「それにしても、蘭はどうしてあんな噂を流したのかしら。しかも嘘の」
「自分の為に決まってるでしょ。──蘭の、絶対に実らない恋の為よ」
「絶対に実らない? あぁ、木嶋さんか。でも不思議よね〜。ちょっと前までは全然接点無かったでしょ?」
先程までの鋭い視線が嘘のようだ。今では刺々しさなど皆無で、恋バナに花を咲かせようとしている。
ただ、こちらに話を振るのはできれば止めていただきたいものだ。
「え。う、うん。まあ」
「なのに急に告白されて、どうしてOKしたの? 普通しなくない? ……いやーでも、相手がモッテモテな海斗くんだからねー」
この質問、前に彼方君にもされたような気がする。
(あの時なんと答えたんだっけ。その場から逃げたんだっけ?)
「断れなかったみたいよ。見るからにそんな感じがするじゃない」
縮こまってしまう私に代わって、杏奈さんが回答してくれた。
その光景を見て、加藤さんは眉をひそめた。今のやり取りの中で、なにやら不満に思う事があったらしい。
「あ、そう。じゃあ私一回蘭のとこ行ってくるわね。……アイツ私を騙したから」
蘭さんに何か吹き込まれていたのな……?
それとも単純に、『騙した』というのは噂のこと?
それにしても蘭さん、何だかんだです交友関係広いんだな。特定の仲の良い人を知らなかったし、いつも一人でいるようなイメージがあったから意外だ。
「行ってらっしゃーい」
軽く手を振る杏奈さん。加藤さんの姿が見えなくなるのを確認すると、すぐさま私の方に向き直る。
「……蘭ほどではないにしても、中々厄介ね、麗奈も」
「いや、そんな」
「否定しなくて良いのよ。だってアタシは──アンタが初めて思いをぶつけた相手、だもの」
杏奈さんは拳で、自らの胸をトンと叩いた。満足そうでいて少し照れた、可愛らしい表情で。
あの時は嫌そうにしていたのに、実際は結構誇っているのだろうか。
「あ、赤江さん……」
感動した。
また、涙が溢れそうになった。
あんなにぞんざいに扱われていたけれど、今ではこうして、『仲間』という新たな枠に一緒に入ってる。
これが、友達という感覚なのか? そんな事を考えるのが、おこがましいとは思うが……。
彼女はどんな思いを抱くだろう?
気になるならば、訊いてみよう。大丈夫。今の私には、その度胸がある。
「──私達、友達同士って思っても良いのかな?」
杏奈さんは驚いた顔をして固まった。数回目をぱちくりさせ、呆れたようにため息をついた。
(やっぱり、出過ぎたことを……)
「当たり前でしょ。むしろ今までそう思ってなかったの?」
「え……」
こんな台詞を自然と口にするなんて、なんてかっこいいんだろう。
「確かに対立はしてたけど、もう仲良くなったじゃない。ならもう友達よ」
優しい声だった。
初めて声を掛けられた時といったら、それはそれは怖かったものだ。しかし今は全くそれを感じない。
理由はただ一つだ。私が持つ杏奈さんへのイメージ、及び杏奈さんが持つ私へのイメージの変化。
それをもたらしたきっかけを作ったのは、皮肉にもトラブルの本元・蘭さんである訳だが。
「そう、だね」
(!)
私が杏奈さんに微笑みを向けたのと同じ瞬間、どこからともなく視線を感じた。
顔は動かさずに辺りを見回す。しかしその主は分からなかった。
私達への視線が無かったのではない。
逆に、あり過ぎていたのだ。私が感じたただ一つの視線が、どれであるか把握できない程に。
「?? 木嶋夕梨? お──」
「どうしたの? 木嶋さん。さっき泣きそうになってたけど」
杏奈さんの声にかぶせて、戸山君の声も聞こえてきた。
(どこに居ても、よく気付くなぁ。もう流石としか言いようがないけど)
「べ、別に大した事はないよ。赤江さんと話をしてただけだから」
「そっか、なら良いんだ。……皆木嶋さんと赤江のことばかり喋ってるから、気にしてるのかと思っちゃってた」
「へぇ。そんなに皆、あの噂に夢中なんだね」
確かに少し耳を澄ませば、【木嶋】【赤江(or杏奈)】という単語ばかりが耳に入る。
これだけ多くの人がいて、皆が同じ話題について話している──飽きないのがすごいな。
「最近何かと注目されてる人物だからね、二人は」
「ハァ。噂の事はいいのよ。問題はそれを流した者……蘭とちゃんと話をしないと」
クラスメートの口から紡がれる、自分達に関係した勝手な憶測を聞いて腹が立ったのか、杏奈さんの語気は荒くなっていく。
「一応、メールはしたんだけど……」
戸山君はしょんぼりとした様子でスマホを取り出し、メールの画面を開いた。
そこには【変な噂を流すのなんてやめて】という戸山君のメッセージがあった。
そしてその画面を彼がスクロールすると、【内容に関してはどうでも良いのよ。アイツ等が除け者になればね。海斗を治すための、単なる手段だから】という言葉が返信されていた。
それからも数回、似た内容のメールを戸山君は送っていたが、返ってくるのは「これはアナタの為なのだ」という事を主張したメッセージだけであった。
(いつにも増して、自分の世界に嵌っちゃってるな……)
「こうも聞く耳を持たないんじゃ、話しても意味があるかどうか……」
戸山君は申し訳なさそうに言った。
まあ、どうであれ幼馴染。古くから関係を持つ、身内と言ってもいい程親しい関係(多分)なのだ。そんな蘭さんが面倒事を引き起こしたのだから、辛くなるのも頷ける。
しかも、自分はなんの害も受けていないのだから尚更だ。
「なるほど、ね。でもただボーっとしていても何も進まないわよ」
「分かってるけど……」
「ホント面倒くさいわねアイツは。どれだけ人に迷惑かければ気が済むのよっ」
怒りのままに、杏奈さんは私の机をドンッと力強く殴った。彼女は小さく「痛っ」と言った。
私はちょっと笑いそうになった。
「おいおい赤江乱暴だな、どうした? あ、よく見たら海斗も木嶋さんもいるな。何してるんだ?」
さすがに音が目立ったのか、彼方君がやってきた。
首を傾げている彼方君に、戸山君は全ての経緯を説明する。
現状を理解した彼方君は、「う〜〜〜ん」と長くうなった。
「蘭をどうこうとか、無理じゃないか? ……というか俺蘭がそこまで異常なの初めて知ったんだけど」
今の状況よりも蘭さんの性格の方が、彼方君の興味を引いたみたいだ。
──しかし止めなければ。彼女にとって無意味な行動を、延々と続けさせる事になる。
(それに、迷惑なんだよなぁ。ハッキリ言って)
「まあ人の噂も75日と言うし、待ってみるのも良いんじゃないか?」
「部外者はなんとでも言えるから良いわよね」
呑気な彼方君に、杏奈さんは突き放すようなきつい言葉を返す。
「……ごめん」
不機嫌な杏奈さんに気圧され、彼方君は謝った。
「で、でも本当に、打つ手がないよね。一旦解散して、ま……また後で話し合おうよ」
私の言葉を合図に、皆動き出す。
中でも杏奈さんは不服そうな面持ちを崩さなかったが、話し合いに意味が無いのを理解していたのか席に戻った。
「怖い顔してんのに、木嶋の言葉で席についたぜ!」
「杏奈を手懐けるなんて、恐ろしい子」
「赤江さんに近寄ったら、ウチも脅されたりしちゃうのかな?」
「てか戸山って木嶋と恋人同士だよな? アイツもやばいんじゃね?」
「じゃあ、今一緒に居た卓也も……」
「え〜!? 怖い怖〜い!!」
『──じゃあ、アイツ等にはこれから関わらないでおこう』
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