呼び出し

 私は何故か、彼方君に呼び出しをくらった。

 彼方君は私の目の前で、申し訳なさそうに「ごめんね、急に呼び出して」と言う。

 が。

 未だに状況が掴めていない。というか、頭が回らない。

「あ、あぁ。いや……べ、別に」

 情けないことに、これしか言えない。

 耐性がないのだから、仕方ないけれど。

「あの後、君のはぐらかし方が明らかにおかしいと思って、海斗に訊いたんだよ」

『あの後』というのは、昨日の──猫の写真を見たりした後の事だろう。

 戸山君の台詞の続き、やはり気になったか。私の行動も、不審だったし。

 まあ、当然だよな。

「そしたら、木嶋さんと付き合ってるって言われたんだ。まず確認したいんだけど、それって本当なの?」

 やはりその件か。

 さて、どう答えるべきなのか。これは重大な問題だ。

 YESと答えれば、私達が付き合っているという(現時点では)不確定な事実が他の人間に知れ渡ってしまうかもしれない。

 だがNOと答えれば、戸山君に理由を問われ、面倒な事になるだろう。

 どちらにせよ、私にとって良くないことしか起こらないという訳だ。

(はぁ、憂鬱)

 沈黙の間の、彼方君の視線がとても痛い。こう面と向かって見ると、結構怖い人に見える。

 ──気まずい。

 こうも静寂に包まれると、声を出すタイミングが余計に分からなくなってしまう。

 しかし、私が何も言わなければ、彼方君も何も言わないかもしれない。ずっと静かなままなのは、辛い。

 それに今、彼は私の返事を待っている。何かを発するというのは、考えにくい。

(あぁ、何か言わないと! でもどうしよう……。YESか、NOか)

 思考がまとまらない。決定的な意見が出ないのだ。どちらを言っても私にとっての不都合が生じる。


 ならば。

 いっそのこと、振り切ってしまえ。

 どうとでもなれ。

 グッと拳に力を込める。

 私は思い切り、

「本当、だよ」と叫んだ。


 ──心の中で。

 想像の中ならなんだって出来る。だってなんでも思いのままだから。

 そうじゃない。そうじゃなくて!

 今求めているのは、行動する勇気。

 こんな事も出来ないんじゃ、この先絶対に生きていけない!

「ええと。まぁ、一応ね……」

 あくまで「そうだよ」とも「違う」とも言わない、曖昧な返事をした。

 これが私の、精一杯の勇気だ。

 すると、彼方君は私に歩み寄ってきた。

「随分と間があったけど? 本当は、ただ海斗が勘違いして舞い上がってるだけじゃなくて?」

 彼の鋭い視線がぶつかると、思わず上を向いてしまう。真剣な表情の彼方君は、余計に怖く感じる。

 昨日は威圧感なんて感じないと思ったのだが、今は逆にそれしか感じない。

「いや。別にそういうのじゃ……ないけど?」

 頑張ってとぼける。

 彼方君は納得がいっていない様子だ。

「仮に海斗がちゃんと告白してたとして、木嶋さんがそれにOKするはずが無いと思うんだけど。全然話した事も無いのに、いきなり告白されて、普通簡単にOKなんてしないだろう?」

(ゔ)

 全く仰る通りである。

 だが、一つだけ言っておきたい。

 全然話した事も無いのにOKしない、というよりは、逆に全然話した事も無い断りにくくOKしてしまうのだ。私の場合だが。

 きっと、彼方君にはその気持ちが理解できないだろう。

 心の弱い、この私の気持ちなんて。

「……ご、ごめんなさい!!」

 この場の雰囲気に耐えられなくなってしまい、私はとうとう逃げ出した。

 一応、謝罪をして。

「ごめんなさい? どういう事だ? ……! もしや、嘘をついてたって事か!?」

 しかしその謝罪は、別の意味で捉えられていたようだ。


「ハァ、ハァ……」

 まさか生まれて初めての男子からの呼び出しが、まさかこんな形だとはな。

 私の生活はどこで狂ってしまったのだろうか?

 これから先も特別親しい人間は作らずに、ひっそり暮らしていくはずだったのに。

 悲しい人生と思われるかもしれないけれど、それで良かったのに。

 頭を抱えて歩いていると、女子の集団に声を掛けられた。

「アンタが木嶋夕梨ゆうりね?」

「……へ?」

 訳が分からなかった。

 明らかにカースト上位のキラキラした女子ばかりなのに、何故私なんかに声を掛けてくるのか。

 ただ、意味不明に「陰気臭いわ〜w」みたいな悪口を言うのではなく、私の名を知った上で話し掛けてきた事実が信じられなかった。

「アンタ、卓也と海斗に近付いてるんでしょ? 身の程も知らず、気持ち悪いったらありゃしない」

 え?

 この女子ひとは、一体何を言っているのだろう?

 私が、戸山君・彼方君に近付いているだと?

 いや、思い切り逆なのだが。

「諦めた方が早いわよ。アンタなんて、あの二人の眼中に無いんだから」

 つまり、彼女は私があの二人に恋心を抱いていると、そう思っているのか?

 そうだとすればひどい勘違いだ。

 どこをどう見ればそんな決断に至るのか、全くもって理解できない。

 そもそも、何でもかんでも恋愛に繋げてしまうのは、何故だ?

 確かに今回は本当に恋愛絡みの案件だが、最近の高校生は恋愛の事しか考えていないのか?

「なんとか言ったらどう? もしかして、アタシが聞いた噂話、全部本当の事だったりする?」

 ニタリと口が裂けそうなまでに笑う女子。

 彼女には、どんなに言い訳をしても無駄な気がしてならない。

 だが、この状況はさっきの何倍も悪い!

 彼女のあの顔には、「絶対皆に広めてやろ〜」という気持ちが滲み出ている。

 明日には私が学年中の笑い者になっている可能性も、十分に考えられる。

 しかし、私の意見を彼女達が信じる可能性は0に等しい。

「──の?」

 突如。

 近くから、男子の声が聞こえた。

(誰……!?)

 私は後ろを振り返る。

 そこには──

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