家庭

「ただいま……」

 そう呟いても、誰も返してはくれない。

 当然だ。

 今この家には、私以外居ないのだから。

 それを知っていても、なんとなく「ただいま」と言ってしまう自分がいる。

(だけどまあ悪い事じゃないし)

 帰ったら真っ先に、今日の授業の復習をする。

 これは、家のルールで決められた事。

 私の義務だ。

 私の家は、変なところで厳しかったり甘かったりするため、良い事悪い事の基準が解りにくい。

 例えば、勉強面は厳しい。

 毎日の予習復習は当然のこと、勉強時間のノルマがある。

 それを達成しなければ、食事をとるのすら認めてもらえない。

 だが、大して苦痛では無い。

 今までずっとその環境の中育ってきたのだから。いきなり放り込まれたら、逃げ出したくなるかもしれないが。

 そして、もう一つ厳しい事がある。

 それは──

「ただいまー」

 おっと。

 姉が帰宅したようだ。

 この話は、別の機会にするとしよう。そこまで重要という訳でもないしな。

「おかえり」

 その一言の後はまた、沈黙。

 特に話すことも無い上勉強しなければならないため、姉も私もペチャクチャ喋っている場合では無いのだ。

 

 勉強が終わる頃には、すっかり日が暮れていた。

(いつも通りだな)

「ふぅ……」

 と息を吐き、ペンを机に置く。

 ずっと頭を使っていたから、お腹がペコペコだ。

「今日のご飯何?」

 自室で資料を眺めている母に問い掛けた。

「炒飯よ」

「分かった」

 それだけ会話し、私はキッチンに向かった。

 母と娘の間でも、交わす言葉はごくわずか。仕事に集中している母の邪魔はできない。

 そうでない時は……ともかく。

 テーブル上には、ラップのかけられた炒飯が置いてある。

 それに触れると、まだかすかに温もりが残っているのが分かった。

(温めなくていいかな)

 ラップを取り、そのままそれを食べる。

 あっさりとしていて、時々、味付けしていないのではないか、と疑う程に薄い味。

 母の料理は、基本的にこうだ。

 母の人間性そのものを表しているようで、私は時々怖くなる。

(けど私、言う程お母さんについて、詳しくないような気がするけど)

「あら、アンタ早いね」

「うん」

 勉強を終えた姉がやってきた。

「また炒飯か……。他になんかないの?」

 テーブルの上にある炒飯を一瞬だけ見た姉だが、すぐに冷蔵庫に視線を向けた。

「知らない。漁れば?」

「う〜ん……。でも母さんのことだし、どうせ何も無いよな〜」

 姉は頭を掻きながら、炒飯を電子レンジに入れた。

「そんなに炒飯嫌いなの?」

「違うよ。普通に、同じ物ばっかり食べてたら口が飽きる。今日の朝だって炒飯だったでしょ?」

「ふぅ〜ん」

 モリモリ食べ進める私を、姉は不思議そうに見つめる。

「アンタ全然飽きてなさそうだけど……。すごいね」

「別に……。お腹が空いてたらなんでも食べられる気がする」

「まああたしも食べられない訳じゃないんだけどね……。母さんの料理ってぶっちゃけ──」

 ──ピピピー!

 音がすると姉はすぐさま炒飯を電子レンジから取り出した。

 そしてすぐに、食べ始める。

 よほど空腹だったのか、熱いのもお構いなしにどんどん食べ進めていく。

 そしてあっという間に、完食した。

「ふぅ。もうお風呂入って寝よっと。じゃ、お先〜」

 食器を片付けて、姉は浴室へと向かった。

「あ、うん……」

 飽きるなどと言いながら、満足そうに食べていた姉。

(結局、腹を満たせればいいんだな……)

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