分からないよ

 学校──少なくとも教室内では、戸山君が私に話し掛ける事など不可能に等しい。

『スクールカースト』。彼はかなりの上位(であると思う)だが、私は空気以下と言っても過言では無いレベルで低いのだ。

 もはや存在を認知されていないような者と、誰もが知っている人気者。

 そんな二人が会話しているのを全く無関係の人間が見れば、一大事である。

 しかし彼の場合、九十パーセント程の確率でそんな事は考えていない。いや、割合としてはもっと高い可能性もある。

 そう言い切る理由はある。しかし結局のところ、「見た感じ」という事で終わってしまうのだが。

 けれども、彼には沢山の友がいる。

 常に人の多い所に、自然と集まっている。そんな人なのだ。

 ならきっと、私の元へは来ないであろう。

 友との絆を大切にしている人だと、私は信じているぞ。

(さて、とりあえず、今は安心)

 挟んでいたしおりを机の上に置き、私は本を読み始めた。

 人間は怖い。

 だから、私が読むのはいつだって人間以外の動物の本だ。

 フワフワしていそうな体や真ん丸の瞳が、私の心を癒やしてくれる。

「うおー。可愛い猫だね、好きなの?」

 え?

 声を聞いた時点で分かっていたのだが、一応振り返った。

 そこにはもちろん──

 本をじっと見つめる戸山君が居た。

(嘘。私の推測は、間違ってたの!?)

 このまま無視をし続けるのは悪いと思い、とりあえず「あ、うん。そう、だよ」と答えておいた。

 すると戸山君は目を輝かせる。

「やっぱり? 可愛いよね! 俺、飼ってるんだよ! そうだ、写真見る?」

(ゔ。グイグイ来るなぁ……)

 戸山君は私が答えるのなんて待たずに、ポケットからスマホを取り出した。

 余程見てほしいのだろう。一応私は彼の想い人だからな、当然といえば当然か。

「ほら! このコ! 可愛いでしょ?」

 仔猫の写真を私に見せ、反応を待つ戸山君。

 確かに、猫は可愛い。すっごく。

 ホワイトの……マンチカンだろうか、この見た目は。

 しかし、ここでどう反応すべきかが、問題なのである。

「おい! 木嶋さん困ってんだろ!」

 私が返答に悩んでいると、戸山君の友人の一人で生徒会に所属する男子・彼方卓也が彼の肩を軽く叩いた。

(ふぅ、助かった)

「えぇ? 困ってる? 猫好きみたいだから写真見せただけなんだけどな」

「そこまで親しくない人にそういう事すんなよ!」

 彼方君は私に気を遣ってか小声でそう伝えるけれど、残念。その言葉は、私の耳にもしっかり届いているよ。

「え?」

 戸山君は目を見開いた。

『親しくない』という言葉に違和感を覚えたのだろう。

 一応、付き合っていることになっているから。

「そっか、卓也には言ってなかったけど……俺、木嶋さんと付き合っ──」

“そこから先の言葉を言わせてはいけない!”

 私の勘が訴えた。

「か、可愛いね。こ、この仔……」

 このタイミングだと不自然すぎる上に(動揺のあまり)少しニヤけていたが、背に腹はかえられない。

 戸山君は少し困惑したようだが、すぐに私の台詞に反応して「でしょ! やっぱりそう言ってくれると思ったよ〜」と言い、笑顔になった。

 彼方君は状況を呑み込めない……というより、私の発言のタイミングを不審がっているようだった。

 だが、戸山君の言葉の続きを気に掛けていなかったので今は良しとしよう。

 そう。

 紛れもなく、後々面倒な事になるパターンだ。はぁ、既に私のライフは限界まで消耗しきっているというのに。

(こんなに人と関わることになるなんてな……)


 それにしても、戸山君達からは私の思うような威圧感は感じなかった。

 しかし、人間は恐ろしい存在のはずだ。

 あぁ、もう、全然分からないよ。

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