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「木嶋さんって何部?」

 私の何気ない日常の中に、あたかも当たり前のように戸山君が入ってくる。

 少しずつだが、慣れてきてしまっている自分が一番怖い。

「部活、入ってないけど……」

「えっ! そうなの!? なんか意外」

(いや、むしろ納得でしょ)

 私のようないかにも『いん』の存在が、部活に入っている訳無いだろう。

 もしかしてこれ、偏見だろうか?

「じゃあ、今日は一緒に帰れないね」

「えっ」

 驚いて目を見開く。と同時に、安堵のため息。

「……なんか嬉しそうだね」

 困り顔の戸山君が言う。

 感情を見透かされている。けれど出てしまったものは、仕方あるまい。

「いや、そんなことは……」

「別に隠さなくていいよ。本音言ってくれた方が嬉しいし」

(本音が嬉しいだなんて、分からないなぁ)

 やっぱりこの人と私は違う。

 一緒に居るとすぐにそんな考えが頭をよぎる。そんなことは当たり前だし、今更なんだという話だというのに。

 しかし、不思議なのは時折ものすごく彼を近くに感じる事だ。

 そうして距離感がいまいち掴めないまま、あの告白から一週間が経った。

「本音で言い合えるほうがさ、って感じがするでしょ?」

 そう言う戸山君は、私にどこまで本音で話しているのだろうか。

 それに恋人とは言うものの、私達は特に何もしていない。というか、それ以前にしたくもないのだが。

「ああ、うん」

 だがそれでも、彼は満足そうに笑ってる。

 それが『好き』という感情なのだろうか。う〜ん、納得できない。

「あと、多分気にも留めてないとは思うんだけど、俺昨日まで部活サボってたんだ。ハハッ」

 この発言にどう反応すればいいのだろうか?

 サボっていたことを注意するのが正解なのか? いや、今更?

「へ、へぇ……」

 戸山君の謎発言によって、場は静寂に包まれた。

 しばらく居たたまれない雰囲気に悩んでいたが、彼方君が訪れ沈黙を破ってくれた。

「おい、海斗何やってんだ! 早く来い! 練習始まってるぞ!!」

「えっ、やばい! じゃあ、行くね木嶋さん。バイバイ」

 片手を私に振り、戸山君は慌てて駆けていった。

 対する私は会釈だけ返し、少し本を読んだ後荷物を持って教室を出た。


 今までは意識していなかったが、今日は部活動中の生徒がわんさか窺える。

 色々な声がごちゃまぜになり、正直うるさい。『活気がある』事の良さが、私にはよく分からない。

(最近私、分からない事だらけ過ぎない……?)

 ちらりと体育館側に目をやると、十数人の女子が群がり、何かを見ていた。

(なんだろう)

 人数の多さが気になり、私は体育館へ向かった。

「キャー! 頑張ってー!」

 そこには黄色い声援が飛びかっていた。

 皆楽しそうに誰かを応援している。

(何やってるんだろう)

 プルプル震えながら背伸びをするも、周りの女子たちが大きくて前が中々見えない。

「キャー!! こっち見た!! ♪」

(!?)

『海斗君』とは、おそらくだが戸山君のことだろう。

 戸山君に見られた(?)女子が自慢をするためなのか友人の近くに移動したため、やっと前を見ることができた。

 視線の先には、汗を流しながらバスケットボールをつく戸山君がいた。

(あ、バスケ部だったんだ……)

「あ〜、かっこいい! 海斗君最高だわ♪ ……奈乃花もそう思うでしょ?」

 隣に居た長いサイドテールの娘が、そのまた隣の大きなリボンをつけたロングヘアーの娘に問い掛けた。

 奈乃花と呼ばれていたロングヘアーの娘は間髪を入れずに

「そうだね。でも、あたし卓也君派だから」

 と答えた。

(彼方君も人気なんだ……)

 ある日突然告白してきた相手がこんなにモテるだなんて、誰が予想できただろう。

 私の場合は周りに関心が無かったため特殊かもしれないが、かなり衝撃だ。

「そうだったそうだった。というか、海斗君って付き合ったんでしょ? ショック〜」

 ドクン。

 心臓が大きく鳴った。

 この流れ、私のことを何かしら話されるのではないか……?

「らしいね。誰だっけ確か……木嶋……ゆなんとかって人だよね」

 やっぱり。

「まあ海斗君が誰と付き合おうがウチに咎める権利は無いよ、だけど悔しいー」

「どうせ環奈なんて海斗君の眼中にないからね。それに、アンタは海斗君が幸せになってくれればそれで良いんだよね?」

 奈乃花さんが環奈さんの肩をポンポン叩く。

「うん。まあね」

(……いい子そうな娘達だな)

 ああいったキラキラした女子は皆、肉食で考えなしに攻めていく人なのだと思っていたが、偏見だったようだ。

 蘭さん等を見た後だと彼女達二人が天使に見える。

 なんて、ちょっと言い過ぎたか。

「あら環奈達、さらっと諦めちゃうのね。きっと木嶋夕梨がどんなのか知らないからあんな事が言えるのよ。──ねぇ、木嶋夕梨?」

 ゾクリと体が震える。

 恐る恐る左を向くと、そこには以前私に声を掛けてきたグループのリーダーであろうロングヘアーの女子が居た。

(ど、どうして……!?)

「何とか言いなさいよ、全く。わざわざ部活まで見に来るなんて、とんでもないラブラブカップルだこと。……なんてね。とっとと失せな」

 つっけんどんな口調の彼女。相変わらずだ。

 それにしても、何なんだこの威光は……。

「言葉通じないの? 失せろって言ってんのよ!」

「ご、ごめんなさい」

 これ以上ここに居る意味も無いため場を去ろうとした、その時。

「杏奈、そこまで邪険にする必要ないでしょ。あんたにこの子の行動を制限する権利なんて無いんだから」

(え?)

 環奈さんが一歩前に出た。

「そうだよ。環奈の言う通り」

 奈乃花さんは彼女の後ろから顔を出す。

「何なのよアンタ達。それ、コイツが海斗に好かれてるって知ってて言ってるの?」

「うん。ちょっと聞こえたし」

「何それ。アンタ悔しくないの? こんなちんちくりんに負けたのよ。屈辱じゃない?」

 ロングヘアーの女子──杏奈さんは腕を組んで不敵に笑った。

「多少の悔しさはあるけど、ウチアタックとか何もしてないし。それに、海斗君がその子を選んだんでしょ?」

「そうね。だから、海斗には女を見る目が無いってことよ」

「ハァ? あのさ、杏奈は何を知ってるの? この子のこと。別に全然変な子に見えないけど」

 環奈さんの機嫌が悪くなっていくのが声で分かる。杏奈さんは何のためにそこまで煽るのだろう。

 意味のない事をする女子の心理が分からない。

 環奈さん達がワーワー言い合っていると、奈乃花さんがじりじり私に近寄って声を掛けてきた。

「あのさ……アナタ、木嶋夕梨だね?」

 じっとまっすぐ、視線と視線がぶつかる。

 奈乃花さんの視線には、少し黒いものが混じっている気がするが。

「え? ……あの?」

『あの』とはなんだろう。戸山君と付き合っている(仮)という事なら、彼女はつい先程知ったはずだ。

 なら私は戸山君とは別の件で有名になっていたという事か? だが身に覚えが全く無い。

「あ、いや。忘れて」

「は、はい……?」

 そう言うと、奈乃花さんは環奈さんを連れてどこかに行ってしまった。

「なんなの環奈の奴。腹立つわね」

 取り残された杏奈さんの呟きが耳に入り、怒りの矛先が私に向かないように小走りで逃げた。

(結局、何だったんだろう……。奈乃花さんは私のこと知ってたのかな)

 疑問は増していくばっかりだ。

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