帰宅とパーカー

 烏が翼をはためかせながら夕暮れを感じさせる鳴き声を響かせた頃、私達は待ち合わせ場所にて数時間ぶりに再会した。

「姉さん、どうしたのそのパーカー」

「小さい子が私の服にアイスを付けちゃったから、賢二君に借りたの」

「へぇ……。ありがとうございます、澤田さん」

「いえいえ。困った時は力を貸すものだから」と首を振る澤田さん。そういえば、澤田さんはさっきからずっとズボンのポケットに手を突っ込んだままだ。

(優しいんだな、澤田さん。この人となら、きっと姉さんは幸せになれる)

「じゃあそろそろ出発しよっか。電車に遅れるといけないし」

「あの、すみません。少しだって待っててもらってもいいですか?」

 駅に向かって歩き出した澤田さんはピタリと停止して振り返る。「え? い、いいけど、どうしたの?」

「えっと、ただのお手洗いです。いってきます」

「分かった、気を付けてね~」

 三人に見送られながら、私は駆け出した。

 ある場所に向かって──。

「あれ、夕梨ちゃんトイレ通り過ぎてない?」

「本当だ。あそこにあるって気付いてないのかな」

「いや、もしかしたら本当は、忘れ物していたのかもしれませんよ」


     ○ ○ ○


 それから二時間半後。とうとう自分たちの街に帰ってきた。

 辺はもうすっかり暗くなっていて、空には星々が顔を出し始めている。今は駅前に居るからまだ人や車の姿が確認できるけれども、少し進んだらほとんど無人の状態になっているだろう。

「本当に送っておかなくて平気なの?」

 澤田さんがこの質問をしたのはこれで十三度目だ。心配する気持ちは分かるけど、母という理由があるからな……。

「うん、大丈夫だよ。私たち二人で帰るし」

「で、でも」

「寧ろ賢二君たちの方が心配だよ。だって一人で帰るんでしょ?」

「そうだけど、でもやっぱり──」

「そうやって心配してる間に夜が更けちゃうよ、早く帰らなきゃ。じゃあ、バイバ~イ」

「ちょっと由莉ちゃん……!」

 強引に会話を終了させて、ただひたすらに足を動かす姉。好きな人なのにあんな雑に扱うんだ……。

「ねぇ夕梨。母さん帰ってきてるかな」

「多分帰ってきてると思う。今日は早くなるって昨日聞いた気がする」

 あ、そうだ。

「姉さん、どこかのトイレ借りてこれに着替えて」

 そう言って姉に袋を突きつける。動物が沢山描かれた、可愛らしいビニールの袋だ。

「何これ」

「パーカーだよ。時間が無くてよく探せなかったから半袖で申し訳ないけど」

「で、これをどうして私に?」

 袋から取り出した斑点の付いた黄色のパーカーを吟味した姉は、意味不明だとでも言うように首を傾げた。

 そんな姉の姿を見て私は少し呆れたものの、パーカーを購入した理由を説明する。

「どうしてって……。その澤田さんのパーカーのまま帰ったら二人きりで動物園に行ったっていう嘘がバレちゃうから」

「あ、そっか。確かに」

 澤田さん過ごせたのが嬉しすぎて嘘を吐いていたのを忘却ていたんだろうな。

「じゃあ早く着替えてきて。待ってるから」

「分かった」


「いいや、着替える必要なんてないわ」


「「えっ?」」

 背後から女の声がした。

 それは、とても聞き慣れた声だった。

 振り返らずともその主を理解した私たちはその場に膝から崩れ落ちた。

「アンタ達……私を騙してたのね」 

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