アタシの想い⑤
メールの送り主は蘭さんだった。画面の上部分に名前が記載されている。
しかし、どうして彼女がそれを知っているんだ……?
杏奈さんが顔を険しくする。
「ここに書かれてる事って、事実なの?」
「……」
メールの内容はこうだ。
【木嶋夕梨と海斗が二人で進路相談室に入るところを見ちゃった。気になるから聞き耳立てたら、アンタのとこの担任……林田だっけ? と話してたっぽい。
それに林田、杏奈のこと好きらしいよw。
超キモくない?】
「だーかーらー! これは事実かって訊いてんでしょっ」
彼女の語気が荒くなっていく。
勿論それは、全て真実。蘭さんが記入した悪口以外は。
だが「本当の事だよ」と言って、どんな反応が返ってくるだろう。最近の女子は怒り出すタイミングが分からないから困る。
「……うん」
「そう。それで、海斗と二人だった意味は? 林田と何話してたの?」
「えっと、その、それは……」
もうそれは彼女も知っている。そう言っても過言ではなかった。
蘭さんのメールに『林田先生は杏奈さんが好き』と書いてあるのだから、杏奈さん自身、少し察しているところはあるだろう。
「言えない事でも話してたの? それに、どういういきさつでアタシが好きとかいう話題になる訳?」
「せ、先生が協力したいって言い出して……それで、進路相談室に呼ばれて……」
「う〜〜! その話し方やめてくれない? イライラしてしょうがないわ」
杏奈さんがくしゃくしゃと頭を掻きむしる。多少乱れた髪なんて気にせずに、彼女は続けた。
「……アンタほんと何なのよ。海斗の近くに突然現れて、アタシの周りをかき乱してさ。楽しいわけ? アタシになんの恨みがあるってのよ!」
その瞳には僅かだか涙が浮かんていた。けれど彼女はプライドが高いから、他人──しかも私──の前では絶対に泣きたくなかったのだろう。顔を俯かせる。
「え? それ、私の台詞だと思うんだけど……」
色々引っ掻き回されたのは、私の方だろう。半強制的な形でこうなったのだから。
「は? 本気で言ってんの? アンタがなんにもせずに海斗と付き合える筈がない。だから、アンタは何かしらの方法で海斗をオトしたに決まってるでしょ」
「え、どうして? 私のこと、何も知らないのに。何でそんな事が言えるの」
何故だろう。今日は不思議と怖くない。堂々と喋ることができる。
もしかしたら、私は知らず知らずの内に多くの不満を溜め込んでいたのかもしれない。そして今、それが小さく爆発した。
「んなっ。生意気ね。単純にアンタには魅力が無いじゃない。それ位は姿見ただけでも分かるわ」
「それが完全なる主観だって、何故思わないの?」
「う、五月蝿いわね! アタシが思ったことは世間の常識って事になってんのよ!」
思わぬ反論に、杏奈さんは少し口ごもるようになった。
自分の発言を、その後に来る私の言葉を考えるようになったのだ。今日の私は厄介だから。
「傲慢だね。結局、赤江さんが気に入らないのはどの点なの? 魅力のない私が戸山君に告白された事? 戸山君が赤江さんと距離を置いている事?」
「…………両方よ」
ここで変な回答をしても、きっと今日は論破される。質問を返される。そう杏奈さんは思ったのだろう。
「悔しくてたまらなかった。あんなぽっと出に、海斗を奪われてたまるかって。だけど、海斗はあり得ないくらいにアンタに魅了されてた。噂を蘭から聞いた時には遅過ぎたわ」
さすがに少しビックリした。あまりにもあっさりだったものだから。
「それでも無理矢理引き剥がそうとしてたの……?」
「そうよ。どんなに粘着力が強くても、乾いたら剥がれやすい物ってあるでしょ。そんな感じ」
「そっ、か。赤江さんは純粋に、戸山君を想って……」
あれ?
何だろう。目頭が熱い。
「な、何泣いてんのよ」
「え?」
やっと目的を果たせたと思って、零れてしまったみたいだ。彼を見る目で分かってはいたけれど、本当に、綺麗すぎる想いだったのだ。
「感情的になってるのかも。今日」
「え、それで? 泣いてるけど、ほとんど無表情じゃない」
「……私、親にも本気で思ったこと言えないから、だから、その。周りに流されやすいっていうか、何て言うか……うぅっ」
あ、無理だ。この涙は我慢できない。
杏奈さんは、誰かが泣き続ける私を見てその原因が自分であると疑われる事を恐れたのだろう。たじろいで周りを見渡す。
「ちょ、止めてよ、ガチ泣きしないでよ……。面倒くさい奴ねぇ」
「ごめんなさい……ごめんなさい」
「うっ。…………」
杏奈さんは落ち着かないのか、自身の毛先を弄びながら目をキョロキョロさせた。
ここまで泣かせるつもりなんて毛頭なかったのだろう。そう考えると申し訳ない。
「ん!」
杏奈さんが何かを差し出す。
──それはハンカチだった。鮮やかな水色で、鳥の刺繍が施されている。
「……え、いいの? 汚れちゃうよ」
「それを承知で言ってるに決まってんでしょうが!」
「そ、そうだよね」
にっと口が緩む。
嫉妬の感情が大きく出てしまっていただけで、杏奈さん自身はとても優しい人なんだなぁ……。
(あれ? ならどうして皆彼女を恐れるのかな?)
一つ解決したと思ったら、また謎が増えてしまった。
「あ、ありがとう」
ポンポンポンっと涙を拭う。
「洗って返しなさいよ」
「……うん」
「何よその反応。嫌なの?」
「いや、そうじゃなくて。ごめんね、変な反応して」
母の目を盗んで洗濯しないとだ。
(それより、蘭さんの行動の方が気になるな……。私達に妙な事をしないって言うのなら、先生との会話盗み聞きしたり、あんなメール送ったりしない筈だし)
「あと……もう私の悪口、言わないでね」
ついでのように言ってみたが、これが大本命である事を忘れてはならない。
「言わないわよ。てか、言うに言えない。さっき聞いて思ったのよね。アンタ気が弱い感じだし、断れなかったんだろうなって。相手のことを深く知ろうともせずに、変な事言っちゃうのよねぇ、アタシ」
人が変わったかのように優しい人になった杏奈さん。きっとこれが、彼女の本当の性格。
で、あってほしい。
「アンタには謝っておくわね、木嶋夕梨。──ごめん。あと……林田の話詳しく聞かせてくれない?」
「っ!」
(あ、あれ? また威圧感が……!?)
いや林田先生の話なら声が張り詰めてしまうのも無理ないか。
「え、ええと……」
◎ ◎ ◎
「あのメールを見たら、杏奈の事だし、すぐに駆けてくると思ったのに。何してんのかしら。まさか通知オフにしてた?」
体育館裏にて一人ごちる。
なんとかアタシが杏奈をコントロールして、ハッピーエンドを描きたかったのに。
(いや、まあ良いか)
別に今である必要などは無いし。早ければ困りはしないけど。
(海斗がアタシを見てくれる日が来るんだわ! 幸せっ)
ガサッ。
「? 誰か居る?」
別に人が来たっておかしい場所ではない。体育館付近を通る人間だっている訳だから。
(ちょっと通っただけね、きっと)
少し草の生い茂った空間を見つめてから、アタシは再びスマホの画面を眺める。
返信は来ない。けれど既読はついているし、見てるのよね……。誰かとお喋り中なのかも。
なら邪魔しちゃ駄目ね。なるべく怒りの矛先は木嶋夕梨に保ったままにしなきゃ。
「──い、お前……」
男の声がした。誰?
「何か用──」
ゆっくりと振り返る。
「え? どうしてアンタが?」
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