きっかけは大喧嘩

 周りはみんなお祭り騒ぎ。しかしそんな喧騒の中で、アタシと麗奈は静寂を保ったまま教室に向かって歩いていた。

「……ねぇ、杏奈」

「なに?」

「どうして、私が色んな子を脅してたのを知ってたの?」

「あら、蒸し返すのね、その話」

「いや、む、無理にとは言わないからっ。杏奈が嫌なら、全然話さなくても……」

「いいわよ」一度、睨むように麗奈の目を見据える。「ちゃんと話すわよ」

 ゴクリ、麗奈が唾をのむ。

「高校一年生の時──まあ去年ね。その日は一緒に帰る約束をしていたのに、アンタは中々集合場所に来なかった。心配になって下駄箱を確認したけれど、そこに麗奈の靴は無かったから敷地内を駆け回って捜したの。そしたらたまたま、ウサギの世話をしている麗奈を発見した。「早く帰ろう」って声を掛けようとしたけどあまりにも幸せそうだったから、アタシは門の近くに戻って本を読みながらアンタを待ってたわ」

「あ! それって、去年の六月のこと?」

 点と点が繋がったのことに気付いたみたいなハッとした顔で嬉しそうに問いかけてくる。

「六月かは覚えてないけど、確か半袖を着ていたような気がするわ」

「やっぱり! その日は杏奈がスマホを忘れた上に珍しく本なんて読んでるからビックリした記憶あるもん」

「あぁ、そういえばアタシスマホ家に置いてきちゃってたのね。だからメールしてなかったの。……って、そんなことはいいの」

 思い出話で緩んだ口元をため息で引き締め、はじめの麗奈の質問への回答を続ける。

「それから数ヶ月が経った頃、ちょっとした意見の相違でアタシと沙羅が取っ組み合いになる程の大喧嘩をしてしまった」

「そんなこともあったね。懐かしい」

 沙羅というのは去年のアタシ達のクラスメイトであり、今年の春に転校したため今はもうこの学校に存在しない少女のことだ。陽に当たると明るい栗色が煌めく天然パーマの髪を持っていた彼女は、よくアタシのストレートの毛に羨望の眼差しを向けていた。

「その次の日のこと、覚えてる? 沙羅は色んな所に傷を作って登校してきたわよね。それはどう考えてもアタシとの喧嘩でできたものではなかった。喧嘩といってもボコボコ殴り合った訳じゃないし、まぁ一目瞭然だったわよね。それでアタシ心配になって、前日の怒りはどこへやら、沙羅に駆け寄ったの。「大丈夫?」って声を掛けたら、沙羅なんて言ったと思う?」

「……」

 横目で麗奈を見るけれど、彼女の口は閉ざされているため返事は期待できない。しかし目は口以上に物を語っている。

「「ウサギに襲われた」。その一言を、うわごとのように呟いていたわ。アタシ、聞いたその瞬間は何のことか分からなかった……けど、しばらく考え続けてようやく思い出したのよ。楽しそうにウサギを撫でていた麗奈の姿を」

「その時に、知ったってこと?」

「いや、まだ疑っていただけだったわ。確証がなかったんだもの。けど夕梨の件で、「もしかして」では、なくなったのよ」

「そう、だったんだ」

「……はい、これでもうこの話は終了! しんみりした空気ってなんかくすぐったいわ」

 大きく髪を払って、今までよりも速いテンポで歩を進めていく。

「そうだね。暗い話するより、笑ってる方がいい」

「フフフ」

 二人で目を合わせて、小さく笑う。

 ただ笑顔で歩いているだけなのに、それがなんだかとてもかけがえのない思い出のように感じた。


     ◁ ◁ ◁


「三組の劇のシナリオって日暮が考えたのか!?」

「らしいっスよ。実行委員の二人が主役にどんな話がいいかって訊いたら、どうせなら自分で考えたいって言ったらしくて」

「なるほどな。……というか、内容が決まっていないのに主役はいるってどういう状況だったんだ?」

「さぁ。ま、日暮が熱烈にアピールでもしてたんじゃないっスか? 立候補するだけあって、演技は割といいみたいっスけどね」

「そうか。主役自ら考えたストーリー……。楽しみだな」

「そうっスね。──林田先生」 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る