第19話 茉莉side



「で? 三間坂さん。今日はしがない保険教諭の私に、どんな世間話を聞かせてくれるの~?」

「あっ、あたしは別に来たくて保健室に来たわけじゃないの、です! あたしは…あたしは、その、です、ね…。あたしは、ただ…。あたしのつまらない話を、先生に聞いて欲しいだけで…」


茉莉ははぁ、と軽い溜め息を吐きながら。保健室のベッドに俯いて座ったままでいる、翠恋の愚痴を黙って聞いていた。自分の話を聞いて欲しいだけでも、十分に保健室へ来る口実ともなっているのに、いまだにその事実を彼女は気付いていないのだろうか。


「…(黙ってさえいれば、普通に真面目で良い娘なんだけどねぇ)」


三間坂翠恋の家庭の事情は大方知っている。いや、むしろ毎回保健室へ訪れる翠恋本人から聞かされていると言った方が正しいのだが。翠恋の両親は幼少から出来の良い姉ばかりを依怙贔屓し、翠恋の存在を蔑ろにしていると。


「それでも三間坂さん。家族の事は嫌いじゃないんでしょ?」


「分かってます…それは、分かってるけど。やっぱりあたしじゃ駄目なのよっ。父さんも母さんも本当はあたしの事なんてどうでも良いのよ。あたしなんか本当は勉強も運動も家事も全然駄目で、褒められるのはいっつもお姉ちゃんばっかり! 父さんも母さんも、あたしと話をする時はお姉ちゃんの話ばっかりするの。大体お姉ちゃんもお姉ちゃんだわ。あたしが困っても何時だって興味のない顔であたしの事を見るの。心配してる風に見せかけて、本当は心の中じゃあたしの事を、見下してるに決まってるんだわ! あたしなんか…。あたしの事なんか、誰も見てくれないのよっ…」


翠恋の愚痴は彼女が暇つぶしに来ただけ、と言って彼女が保健室へと通うようになってから、毎回呆れるまでに聞いている。何処をどうやったら自分の事をそんなに自虐的に見れるのか。同じ女として嫌味の一つや二つ返してやりたいが、生憎仕事とプライベートを混同する程茉莉は鬼ではない。


実際何度か話を聞いている限りでは、彼女の両親も姉も翠恋を心配しており、単に親と子の気持ちが食い違っているだけなのだと告げてあげたい。しかし翠恋の自罰的自虐的体質や被害妄想ぶりを見る限り、アドバイスを伝えるには相当の時間が掛かりそうだ。


「それに真宮も真宮だわ。あいつちょっと泪と仲が良いからって調子乗りすぎなのよ!! お兄ちゃんお兄ちゃん、って泪に媚び媚びしちゃってさぁ…。あいつはいちいち泪に依存して生意気なのよ! 泪はあいつのおもちゃじゃないんだから! あいつは泪に毎回迷惑かけてるって思わないの?」


ここに来て瑠奈の話題が上がるとは思わなかった。瑠奈の方も翠恋を相当嫌ってるし、話を聞いてる限り彼女も同様に瑠奈を嫌ってる。この場に瑠奈が居たら、確実にキレて殴り合いの乱闘になりそうな罵詈雑言を、目の前の真宮瑠奈の従姉・真宮茉莉に向かって翠恋はガンガン暴言を吐きまくる。


「み…三間坂さん。それは私が、真宮の苗字だって知ってて罵詈雑言言ってる?」

「え、あ、まっ、真宮先生は別です。それに妹さん…琳って、先生から見てもたっ、頼りないから色々苦労してるみたいだし…」


自分や琳の事は特に嫌ってない当たり、余程泪と親しい瑠奈が嫌いなんだろう。しかし彼女、本当に周りへの言葉遣いがなっていない。自分や琳の本性を知らないから、ズケズケと物を言えるのだろう。琳も普段は大人しいが、仲の良い友達と居る時は明るくお喋りだし、自分の言いたい事も言うべき時にしっかり言う。


「せめて、あたしにも異能力が使えるようになれば…」

「それはおすすめしないわ~」


この世間が異能力者や異能力に対する風当たりや迫害が強い中で、珍しく翠恋は異能力者への偏見を持っていない。そればかりか彼女は異能力を使えない事に対し、酷く劣等感を感じているようだ。


「異能力に夢を持たない方が良いわ。後々後悔するのは、他でもない自分自身なのよ」

「そんなことありませんっ! 異能力があれば何でも出来るじゃないですか! あたしは…あたしはどうしても異能力が使えるようになりたいのっ!」


異能力への偏見を持たないのは実に良い。ただ彼女は異能力に対して理想を持ちすぎている。異能力は力を持った者に絶対の幸福をもたらす物ではない。今尚、差別や迫害を受けている者の方が数多く存在するのが現実だ。


「…もうすぐ次の授業始まるわよ。教室に戻りなさい」

「わ、わかり…ました」


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