第45話 茉莉&伊遠side



―午後十一時・郊外某所。


「暁研究所の方で、何か騒ぎがあったらしいな」

「その手の情報は、相変わらず受け取るのが早いわね~。流石は表裏問わず、色々な所で繋がってる【聖域】の情報網よね~」


茉莉と伊遠はいつものバーで待ち合わせ、本日も飲み会と言う名の情報交換。聞けば今日夕方頃。数ある異能力研究所の中でも、特に国家機密に等しいとされる、暁特殊異能学研究所において、複数の侵入者が乗り込む騒ぎがあったらしい。数日前にも神在市郊外山中に、建造されている異能力研究所で、侵入者騒動があったばかりだと言うのに。


最も。異能力関連の情報そのものは、世界間レベルで徹底的に跡形もなく隠蔽されているので、研究所の侵入事件が、外部に漏れる事自体皆無に等しいのだが。


「暁研究所って、二つあったわね。一つは―」

「今回の侵入者騒動は、両兵の管轄下だ。あいつの研究所は下の職員でも、ある程度の情報が入手出来る。もう一つは……」


両兵管轄下の暁研究所の異能力者への扱いは比較的軽い。四堂両兵管轄下の異能力者達は、あくまでも一研究所に所属する被験体として扱われているが、異能力者達は一貫して『人間』と、認識していると言っていい。

違う。両兵自身が異能力者であるからこそ、彼らの扱いそのものも軽度のESP検査や、能力制御の訓練だけで済んでいるのだ。


「正直両兵自身も異能力者への対応で、かなり危ない橋渡ってるからな。今回の騒ぎの件。両兵の返答次第じゃ、真に研究所を管轄している上層からの尋問は免れない」


宇都宮一族管轄下の暁研究所による、異能力者への研究や実験は、両兵が行っているものの比では済まされないと聞く。宇都宮一族管轄下の暁研究所側が、政府の指示に従っていると言っても過言ではないのだが。更に宇都宮は一族の権力をフルに利用し、異能力者を使った更なる非人道的な研究も行っているとも噂されている。


「四堂助教授とはどんな関係」

「両兵とは学院の同期だ。同じ学部だったし、講義でも何度か面識があった」


言うと同時に伊遠は、グラスに残っている琥珀色の酒を一気に飲み干す。


「あいつもまた、若くして己の実力で一研究所の所長を任される迄に上り詰めたよ。ただ就任と同時に政府の検査食らって、異能力者だとも知られたし、今の地位に就く事と引き換えに相当の代償も払ったと聞いた」


元々力を隠していた両兵が、異能力者である事を知られた元凶となったのが宇都宮だ。両兵もまた宇都宮一族の醜悪な征服欲に巻き込まれたと言っていい。支配による更なる力を求めた宇都宮一族は、既に妻子を持っていた両兵に取って、自身と息子が異能力者である事を隠す事と引き替えに、一族の女と関係を持たされたのだ。


女の子どもは宇都宮一族が望んだ『異質の力を持った異能力者』だった。しかし妻と実子を愛していた両兵は、女との間に生まれた子を頑として認めなかった。女の子どもを認知しない、家族に明かさない事を取引として、両兵は異能力者として生まれた実の息子を、管轄下研究所の被験体として使う事を余儀なくされた。


更に生まれた子は『聖域の聖女』としても異能力者としても認められなかった。子は聖女の適性以前に彼女は異能力者としての研究対象としても不適格であり、念動力の適正値が並みの異能力者にすら及ばなかった。


それでも宇都宮一族は『神の娘』として子を溺愛し、『神の娘』を讃える為。『宇都宮』の世界支配を永遠のものとして一つの村を作り出した。『神の娘』を生んだ女は、一族が異能力者を生み出した事実を政府に隠す為、見せしめとして一族に『処分』された。


「何よそれ……。聞いてるだけで胸糞悪いわね」

「やり口も何もかもが強欲すぎるんだよ。つか、四堂ってお前ん所の…」

「そう、鋼太朗ちゃん。彼の目的が何なのかまだ掴めないんだけど、宝條に転入してくるとは思わなかったわ」


伊遠から見せてもらった、暁研究所の被験体データに彼の名前があった。異能力を持つ両兵の息子は、四堂鋼太朗で間違いない。最も鋼太朗は転入試験の際も最低限の情報を除き、多くを語らなかったが。


「両兵の奴も時期を見計らって、研究所を去ると言っていた。直々に僕らの方に色々根回し任されたし、こっちも忙しくなるだろうな」


両兵管轄下の研究所にいた鋼太朗は、他の研究所の被験者と比べても、遥かに精神状態が安定しており、鋼太朗以外に所属している他の被験者達も、精神状態に不安定さが見られない。両兵が間接的に被験者達を庇っていたのは間違いない。上層や宇都宮に事が暴かれ始めている以上、両兵も長く研究所に居ることは出来ないだろう。


「椿や櫂(かい)も動いてる。研究所の中暴れて暴くのはあいつらの得意分野だからな」


宇都宮一族の暗部を掴むべく、政府から依頼を受け聖域(サンクチュアリ)も既に行動を開始している。異能力者に対する一定の権利と引き替えに、国内外の暗部諸々を探り、政府の安定の為に活動する事が聖域の主な役割だ。聖域の面々もまた、異能力者を嫌う者に従うと言う事が、明らかな矛盾を生み出していると知っていて、それが歪んでいる事もまた理解している。


「そういや椿ちゃん、暁行くの嫌がったんですって~」

「そりゃあんな映像見せ付けられたら嫌がる。椿の研究所嫌いは筋金入りだ」


暁自体は村の名前を被った宇都宮一族が作り出した監獄。我欲による支配を目論む宇都宮が存在する限り、異能力者達の地獄は逃れられない。政府は表面上宇都宮を泳がせながら、裏では宇都宮一族の完全排除を聖域に依頼している。


一代において突如名を上げた宇都宮一族の台頭により、自分達の立場が徐々に脅かされ、数年に亘り拮抗状態が続いていた他の財界や政界にとっても今の時期が正念場なのだろう。


「念を入れて身内の方にも警戒しろって伝えときな。くれぐれも妹と従妹には悟られんようにな」

「オッケー。椿ちゃんや櫂ちゃんにもよろしくね~」


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