第44話 鋼太朗side
「…この先にあるのか?」
「そうだ」
暁研究所内部の奥を先導する両兵に案内され、鋼太朗と泪は研究所西区構内地下の廊下を歩く。ごく一部と言え研究所内部の地下の奥深くを潜るのは、研究所を脱走して以来これで二度目だった。
研究所の地下区域に入る事だけは幼少の頃。この暁研究所へ初めて入った時から、外部から来た異能力者を除き、鋼太朗を含めた被験者達は、立ち入る事そのものを完全に禁じられていたからだ。
「扉が…」
三人が立ち止まった先に一つの扉がある。既に地上の雰囲気とは完全にかけ離れた、重厚な開閉扉はカメラによる認証式であり、天井のカメラがジリジリと動き目の前の両兵を確認すると、扉は重圧な雰囲気と裏腹に静かな音を立てながら開かれた。
「機械が置いてあるだけで何もねぇけど…」
鋼太朗達の視界に広がった部屋の中には、普段なら目にする事もない機械や電子機器が設置してあるだけで、異能力研究に関してならめぼしいものはない。両兵は手早くパネルを操作し、二人は無言でモニターを見つめる。
100インチテレビなど余裕で超える巨大なモニターに映し出されたのは、数週間前に学園の合同授業の時見た映像だった。
「この映像。数十年前に発生した神在大災害の…」
「そうだ。大災害の話を知っているなら話は早い」
合同授業でも災害の件は、これと言った説明は大して行われず、結局神在大災害がどのように発生したのかが分からなかった。
「…はい。災害の発生した時期が、まるで不自然だと四堂君と話し合ったのですが、それ切り」
両兵はパネルを何度か操作してモニターの映像を切り替える。すると今度は別の映像が映し出される。上空から住宅街や道路・線路等様々な建物や確認される中、地図の真ん中に不自然とも言える大きな赤い丸印が付けられている。
「地図? なんで赤い丸なんかつけてんだよ」
「…その赤い丸印に入っている中が、災害が起きた範囲だ。神在の災害が起きる前、その丸印の中の中心部には、異能力の研究を行っている研究所が存在していた」
神在市内の異能力研究所と聞き、二人は一気に表情を曇らせる。
「ま、待てよ。まさか大災害は…っ」
「神在の異能力研究所は暁の管轄下じゃないからな。其所(よそ)で何が起きたのかは詳しい原因までは分からん。ただ、政府は余程異能力の研究を隠蔽したかったんだろう」
やはり十年前に起きた大災害は、異能力研究所によって人為的に起こされたものなのか?
この時起こされた大災害は、異能力者への異能力研究に対する、過剰な人体実験が原因なのか。それでも異能力の暴走が災害の原因だと、確証付けるにはまだ余りにも情報が足りなさすぎる。
二人が思案をしているのを余所に、両兵は再び映像を切り替える。今度はモニターに一組の家族が映し出される。
「!?」
鋼太朗は目の前に映し出された家族の画像に目を見開いた。隣の泪も同様に目を見開き、僅かに口を開けたままモニターを見つめている。優しい表情をする男女に囲まれ、無邪気な笑顔を見せる薄紫色の髪の少女は、見覚えがあったからだ。
「どういうつもりだ…。何で、真宮瑠奈が……」
「お前の方は直接の面識がなかったな」
そこに映し出された画像の少女は、間違いなく真宮瑠奈だった。だが彼女は異能力者ではあるが、異能力研究所の存在を全く知らない。瑠奈本人は力を隠して暮らしていると言っていたからだ。
「……」
「元々真宮の一族はウチの管轄下で、自分達一族の能力の研究データの保存を行っていた。娘の方も単純に家族の下見学に来ていただけに過ぎない。宇都宮の手が入る前に研究データはこの画像一枚を除いて研究所からは抹消した」
泪は黙って家族の画像を見つめている。今も異能力者に対して心ない実験が行われている、異能力研究所の場にそぐわない、穏やかな表情をした家族の画像を見つめる泪の顔は余りにも険しい。
「何故宇都宮が出てくる? 真宮も宇都宮と関係しているのか」
「真宮一族は宇都宮と無関係だ。だが宇都宮が独自の伝手を利用して、彼ら一族が特殊な異能力を扱う一族だと言う情報を耳にした。しかし真宮一族は政府とある密約をしている、どこかの組織とも繋がっているようで、あくまでも自分達だけの支配に拘る宇都宮は、政府の後ろ楯が得られない以上、安易に真宮一族に手を出す事も出来ない。
彼ら真宮一族の持つ異能力は、宇都宮一族が咽から手が出る程、欲しがっている能力だったらしい。…今はもう必要ないと言っていたが」
今は必要ないとはどういう意味なのだ。鋼太朗が口を開こうとすると、先程まで閉まっていたドアが開き、一人の職員が入って来た。
「所長。先程の侵入者の件ですが…」
「検査の結果は」
「侵入者へのESP検査の結果、念動力反応は一切確認出来ず、非異能力者の人間です。ただ検査中も酷く錯乱していて、所内で手荒な行動をされては困ると判断し、すぐに眠らせました。更に侵入者は異能力すら知らないと仰っていましたが…」
どうやら鋼太朗達の他にもう一人侵入者がいたらしい。しかもどういう事か、異能力の事を全く知らない非異能力者。一般の人間には異能力者以前に、異能力の存在すらも公の場に、一切の情報開示すらされていないのだ。何の伝手も持たない一般の人間が、通常の手段でこの異能力研究所を探しだす事など、到底出来ない筈。
「侵入者? 異能力者の存在ならともかく、異能力の研究自体国家機密だろ。異能力者狩りの連中みたいな高度な手段使った裏ルートとか、第一余程の訳ありじゃなきゃ、研究所の存在すら知る事出来ない筈だけど」
「……あの侵入者冴木さんです。本当にしつこいですよ」
「はぁ!?」
研究所の所員に、ESP検査された侵入者の名前を淡々と告げる泪に、鋼太朗は唖然とした表情で、同級生の名前を出しても平然としている泪を見る。
それ以前に彼女は―…冴木みなもは、どうやってこの研究所を探し当てたのだ。
「先程検査した侵入者はお前達の知り合いか」
「…異能力者のいの字も知らない命知らずの一般人。ぶっちゃけ俺達とは完全無関係の人間なんで、さっさと神在へ帰してやってくれ」
泪の言葉で事情を全て把握した鋼太朗は、異能力の一件をみなもに関わられては堪らないと確信し、彼女との関係を黙秘する事にした。両兵も検査した侵入者に対する二人の言動に何かを悟ったのか、これ以上何も言う事はなかった。
「これからお前達はどうする気だ」
「一先ずは神在へ帰る。今回の話で何も掴めないのが分かったし」
異能力者の迫害の現状は、解決の見通しが全く立っていないのは理解しているし、今自分達で何とかしようとしても、手詰まりになるのは確実だろうから仕方がない。こうやって面と向かって父と話した事で、鋼太朗の内にしこりとして残っている、棘のいくつかは取れたような気がした。床の方へ少し俯いた鋼太朗は左手を顎にやり、少しの沈黙の後再び顔を上げ両兵へと向き合う。
「最後に一つ聞きたい。……『結』は何処にいる」
かつての聖女候補者で、泪同様西区に軟禁状態となっていた『赤石結』。なにより彼女は泪の実の姉なのだ。
「……暁だ。お前と離れた後、上層や政府の意向で今も暁村へ軟禁状態。赤石と連絡は取り合っているが、『彼女だけ』は村の外へ出る事を今だ制限されている。幸い彼女は宇都宮一族との接触はないがな」
過去に泪や結の父親とも何度か面識はあったし、直接話した事もあった。最も父親は結やもう一人の娘の存在は口に出しても、泪の事を一切口に出さなかった。泪の話題を出す事そのものを恐れているのか、鋼太朗が泪の事を話しても、遠回しにしてはぐらかされてばかりだった。
目の前で実の家族の話題を出しても、隣にいる泪も全く表情を変えていない。泪自身幼少から引き離され、家族の顔すら知らないのだから、家族そのものが泪に取っては赤の他人である。
「…そういや俺達、裏口から侵入してきたな」
元々は玉砕覚悟でこの場へ不法侵入してきた身だ。鋼太朗と泪は気まずそうに顔を見合わせる。
「心配ない、とっくに手は回してある。既に警備は解いているから、正面から出ても構わない。後侵入者の方も手の空いている所員に依頼して、裏口から駅前まで送っていく」
既に階段へ向かい歩き出す泪に続くよう、鋼太朗も歩き始める。数歩歩いた直後、何かを思い出した鋼太朗は背中を向けたまま停止して口を開く。
「いい加減、母さんやシンとレンにも連絡取ってやれよ。いつまでも俺達の事黙秘し続けると、いつか母さん達も爆発するぞ」
両兵の帰りを待ち続けている母親と二人の弟達。再び歩き出しながら手を振る、鋼太朗を見送る両兵の表情は少し緩んでいた。
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