第43話 鋼太朗side
「この思念…。いつの間に、奴の他にも侵入者が…っ」
「お、お前は…」
今、鋼太朗の目の前に赤石泪が立っている。泪の服装は潜入する場所として、到底場にそぐわないと思われるだろう、比較的底の厚い赤のショートブーツを履き、アンダー上下は黒のハイネックシャツとショートパンツ。細く引き締まった足には同じ色のレギンスを履き、アンダーの上に羽織っている白のコートが、黒一色の服を際立たせる。簡素なヘアゴムで一つに纏めた、薄紅色の長い髪をゆらゆらと靡かせ、泪は鋼太朗の目の前に立っている。
「泪。お前…」
「四堂君、勘違いしないで下さい。僕はただ、僕自身の事を知りたいだけです…」
鋼太朗を庇うように前に立った、泪の考えは鋼太朗にも全く読み取れない。一つだけ言えるのは、泪は鋼太朗の言葉を信じてくれている事。泪は鋼太朗を一度見て軽く頷いた後、改めて両兵達の方を向き右手から炎を繰り出した。
「!?」
「なっ、こ、これは…っ!」
泪の手から繰り出された炎は、今まで見た炎の異能力者と比べて、余りにも桁が違う勢いの炎を噴き上げる。今まで見た能力者とは、まるで場違いの炎の力を目にした鋼太朗は、片膝を付いたまま茫然とその場へ立ち尽くす。
「早く! すぐに反思念逆流システムの作動を!!」
「す、既に対象へ向けてシステムを作動しています! ですが奴に殆ど効果がありません!!」
鋼太朗の思念を逆流させた装置は、今度は泪へ向けて作動しているようだ。しかも先程の鋼太朗に使った時よりも、かなり出力を上げている状態で。だが装置を使われても、平然と自分の能力を使っている泪には、思念の逆流行為など全く効果がないらしい。泪の隣で膝を付いたままの鋼太朗を余所に、両兵は泪の右手から繰り出される、炎の渦を見て一瞬目を見開くが、すぐさま元の冷徹な顔へ戻る。
「……そうか。お前が『奴ら』の」
泪の手の炎は勢いをまるで衰える事をせず、ますます轟音を立て燃え上がる。泪もまた表情だけでなく思念も警戒も全く緩めておらず、相手側が一歩でも何かをやらかせば、泪はすぐに攻撃を仕掛ける気だろう。
「装置を停止して攻撃を止めろ。私は二人に聞きたい事がある」
「し、しかし所長。上層の者は研究所の侵入者を…」
「責任は私が取る。すぐに装置を解除し、武器を引き元の配置場所に戻れ」
「わ、分かりました……」
両兵の一喝により、所員達は持っていた武器を下ろし戦闘体制を解き、一斉に部屋を後にする。一分も経たない間に、職員達の足音がみるみる内に鋼太朗達の周りを。次々と今の場所から遠ざかって行く。
「……」
目前の相手には、既に攻撃の意思はないと判断したのか泪は、一瞬にして右手の炎を消した。炎の渦を消した右手からは、力の残骸を思わせる火の粉がはらはらと床へ舞い散る。
「あんた……。何を、考えてる」
鋼太朗はどういうつもりだと言わんばかりの表情で、今だに向かい合った状態の両兵を凝視する。
「この暁研究所で行われている、異能力研究の全貌が知りたい。以前お前はそう言ったな」
「……そうだ」
両兵に直球で自分の目的を聞かれた為に、鋼太朗は反射的に答えてしまう。直後鋼太朗は一筋汗を流すが、頭に血が昇りやすいのを、自覚しているのでとっくに後の祭りだ。
数分の沈黙の後。両兵から出たのは意外な返答だった。
「…お前は既に入ってはいけない領域に入りかけている。その覚悟は出来ているのか」
両兵の質問に対し、再び数分越しで沈黙した後。鋼太朗は全てを決意したかの表情で頷き口を開く。
「……構わねぇ、元々あんたからこの力を引き継いだんだ。後悔するのは、全部聞き終わった後でも良い」
鋼太朗の異能力は先天的な物であり、生まれた時から異能力を持っていた。非異能力者の母とは恋愛結婚したと両兵は言っていたし、幸いにして二人の弟達には、能力の兆候は見られない。鋼太朗と『腹違いの妹』だけが、父・両兵の重力の異能力を引き継いだ。
「『あの女』は異能力者でありながら、表社会に認知されている。仮にも宇都宮一族である母親の噂が全く聞かない」
『あの女』の母親である、宇都宮一族の女がどうなったのかは鋼太朗は知らない。両兵も家族に対して宇都宮一族の事だけは、極力口に出したくないようで、最低限の話題以外は一貫して黙っている。
「…簡単だ。『あの女』は俺やお前、隣の能力者程力も思念も強くない。母親の方は俺が『あれ』を頑として認めなかったから、単純に宇都宮の方から、何らかの手段で消されただけに過ぎん」
『あの女』が、異能力研究所の研究対象に、されなかったのはそう言う事か。自分達と違い力も思念も弱すぎるが故に、非異能力者とほとんど変わりがなかったと。
「それで彼女は、今も『人間』として暮らせているんですね…」
「お前も知ってたのか」
鋼太朗に泪は何か思う所がある表情をしながらも、言いづらそうに口を開く。
「えぇ、噂程度には。彼女が異能力者である事も…」
泪の言葉を聞いた両兵も口を開き会話を続ける。
「『あの女』が異能力者である事を、黙秘するように仕向けたのは、全て宇都宮側の研究所の意向だ。最も一族当主が、己の権力で周辺の研究員を買収して黙らせたがな」
力が弱いとは言え、反異能力者派筆頭一族の一つでもある宇都宮家から、一族が忌むべき異能力者が出たとなれば堪らないだろう。母親である一族の女が消されてしまったのも、異能力者を産んだ忌まわしい女として、周囲に認識されてしまったのかもしれない。
「念が弱かろうが力が弱かろうが、どのみち『あの女』が俺達と同じ、異端の力を持った異能力者である事に変わりない。
数年前から宇都宮一族は政府直々に、何度も『あの女』の引き渡し要求を、正面から突き付けられているようだが、どんな経緯があれど、孫娘を溺愛する当主と一族唯一の跡取りだ。当然奴らは、政府からの要求など、全て突っぱねている」
鋼太朗や両兵と同じく、秘密裏と言え政府から、公式に異能力者認定されている『あの女』の引き渡し要求すらも、宇都宮一族は突っぱねているのか。世界規模で研究・隠蔽されてすらいる異能力の暗部が、こんな所でも浮き彫りになるとは思わなかった。
そして【人間】でありながら人間とは異なる、異質な力を持つ【異能力者への迫害】を、一権力などで回避出来ない以上、政府からの追求自体、逃れられないのは一族も分かっている筈だ。
「俺が教えられる所まで教えてやる。ついてこい」
両兵は西区画の奥へと歩き出す。鋼太朗と泪はお互い顔を見合わせ、神妙な顔つきで軽く頷くと、既に奥へ向かっている両兵の後に続くように歩き出した。
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