第42話 鋼太朗&泪side
―同時刻・暁特殊異能学研究所南区画内部。
数十分遅れて暁研究所に到着し、鋼太朗が侵入した方向とまた別の場所から外を徘徊している警備員や、監視装置の目を掻い潜って暁研究所へ侵入した泪は、一人内部を歩いていた。至る所に設置している、異能力者の思念を感知すると作動する、警報装置に自分の思念を感知されないよう、当然限界まで力を抑えている。
あの後も歯に衣着せぬ発言で、容赦なく突き放したにも関わらず、それでも構わないと言わんばかりに追ってくる、冴木みなもを巻くのには苦労したが、このような世界規模で隠ぺいされている、胡散臭い場所までは追って来れない。
それにしても、あそこまで自分個人への執着心の強い女だとは思っても見なかった。自分を止めるという自分勝手かつ独善的な目的で、普段なら情報を閲覧する事すら出来ない、異能力研究所の情報まで入手した程だ。
「…声?」
すぐ近くから複数の声が聞こえてくる。静かに耳を立てると、どうやら研究所の外が騒がしい。この場所自体が何らかの手で、隠蔽された地域の筈な為、滅多に人が訪れない筈だ。
「いやっ、いやっ、いやあああぁぁっ! 放してっ! 放してえぇっ!」
「貴様どこから来た? 入所許可証は? この研究所の生態認証システムを通したのか?」
「いやっ、いやよっ! 嫌っ! やめてっ、やめてっ、放してっ! 私は泪君に会うのっ! 泪君に会いたいのっ!!」
叫び声は窓の外の方から、聴こえて来たのでその場で窓の外を見やると、泪の目に映った声の主の姿は冴木みなも。あろう事か研究所へ正面から入ろうとした所を、数人の警備員に取り押さえられているようだ。冴木みなもはこの期に及んでまだ、訳ありの自分などに関わろうとするのか。ただ自分から進んで破滅する人間に関わるなど毛頭ない。どうやってこの隠蔽された場所に来たと言うのだ。
国家機密。いや世界機密で隠し通そうとする異能力研究所を、ただの一般人が探し出せる筈がない。
それ以前に、たった一人で異能力関連の情報を入手した挙げ句、この山中に隠されている研究所を一人の人間の力で探し当てたなど断じてあり得ない。何の力も何の特徴もない、ただの日常生活を送る一般人である冴木みなもの背後に、異能力を事を知る何者かが、関わっているのは確実と見て構わない。
窓からみなもと警備員との騒ぎを傍観していると、今度は別の場所。研究所の奥からも警報装置のアラーム音と複数の騒ぎ声が聞こえてきた。泪は再び耳を立てると、奥からは僅かに鋼太朗の声も聞こえてくる。
「やはり、研究所の奥に何かが…」
今も外で警備員に取り押さえられながら、勝手な事を騒いでいる冴木みなもと関わっても、泪には何の意味がない。研究所外の騒ぎなど、最早放置するのが正解だ。今は数時間前先にこの研究所へ侵入した、鋼太朗に何があったのかの方が気になる。
泪は急いでアラームの鳴る音の方向へと走り出した。
―暁特殊異能学研究所・西区画内部。
「貴様、四堂所長の…。今更どの面を下げて、この暁研究所へ戻って来たのだ?」
「…うるせぇよ。今更、隠し事していたお前らに話す必要ない」
鋼太朗は数々の武器を構えた複数の所員と、同じく武装した警備員達に囲まれていた。所員同様に警備員が構えている武器は、通常の重火器だけでなく、明らかに普通の人間へは使用するものではない麻酔銃や、対異能力者用に開発された、特別製の銃器まで持ち出してきている。
「気を付けろ。あの四堂所長の息子とは言え、能力者としてもかなりの手練れだ」
「ああ。対重力用の装備は持って来ている」
取り囲んでいる警備員や所員達の中には、鋼太朗にとっても見覚えのある顔も数名いる。当然彼らは両兵だけでなく鋼太朗の能力も把握している。親子揃って同じ系統の異能力とは何とも皮肉すぎる。
「待て」
警備員の背後から足音と共に、聞き覚えのある男の声が聞こえた。数日前郊外の研究所への侵入に失敗後。直後に携帯越しで聞いた、鋼太朗にとっては因縁のある男の声で間違いない。
「例の件がある以上、いずれはここに来ると思っていた」
「親父……」
警備員や職員のすぐ背後から、更に数人の警備員に囲まれる暁特殊異能学研究所所長・四堂両兵が立っていた。西区の侵入者の騒ぎを聞き付け、こちらへ来たのだろう。
「まさか、こちらの区画から侵入すると思わなかったが」
両兵はかつて鋼太朗が昔、無断で西区画へ侵入した事を知っている。普段から仏頂面である両兵の表情も更に険しくなる。
「一つ質問。この区画のデータ、俺が研究所を放れる前から全部持って行きやがったのか」
両兵管轄下の暁研究所内でも、元々機密事項の多かった西区画だ。両兵から侵入を禁じられて以降、西の区画でどのような研究が行われているのか、鋼太朗もほとんど知らない。最も鋼太朗自身は泪や彼の家族、聖女候補者の少女とは単純に西区画で知り合っただけだ。
「お前に話す必要はない」
両兵の答えは既に解りきっていた。両兵の答えを聞いた鋼太朗は無言で中腰に構え、右手の掌を下向きに翳(かざ)すと念を込め、重力球を具現化させる。
「何をする気だ」
「言い訳は聞く耳持たねぇ。潰す」
潰すと告げると同時に鋼太朗は、自身の思念を具現化した球へ全力で練り始める。掌から具現化された重力の球が更に大きさを増し、その思念に共鳴をするように、周囲が地鳴りを起こすような震動をし始める。
「し、所長!?」
「…奴の思念を逆流させる。システムの作動を」
我に返った一人の職員が両兵に従い、警備兵に指示を伝えると、警備兵はすぐさま懐から携帯型の端末を取り出し、指で画面を操作する。
「お前はここが何処だか分かっていないな」
両兵の声と同時に能力を操作する為、念を集中させていた鋼太朗の頭に、突然鈍器で激しく殴られたような激痛が走る。
「!!?」
自身の思念が急激に逆流した反動から、鋼太朗はその場へ膝を付き崩れ落ちる。鋼太朗の思念の乱れと同時に、掌の重力球は一瞬にして消え去った。
「この異能力研究所で能力を使うとは…。能力の制御自体はほぼ完璧とは言え、相変わらず感情のコントロールがなっていない。お前はあの時から全く変わっていない」
「ぐ…っ」
思念の逆流による頭の激痛は一瞬のものであり、意識こそ失わなかったが、逆流の反動は全身に倦怠感として残っており立つのが難しい。
「父としての情けだ、殺しはせん。だが研究所の内情を知った以上は相応の実験は受けてもらう」
異能力研究所所長と言う立場を変えないと言う訳か。両兵を取り囲んでいた警備兵が、床へ膝を付いたままの鋼太朗へ一歩近寄ろうとした瞬間、警備兵の目の前をオレンジ色の火の球が、向かって勢いよく飛んで来た。
「な、っ!?」
直線に向かって放たれて来た火の球が、本能的に危険と感じたのか、警備兵は辛うじて火の球を避ける。投げられた火球の風圧と同時に、さっき通過した火球の高熱を僅かに掠めたのか、鋼太朗の髪も数本はらはらと焼け落ちる。投げ飛ばされた火球は耐火性の窓ガラスに勢いよく穴を空けた。破片が外へ内側へと派手に音を立てながら撒き散らされていく。
「……見つけた」
球を投げた方向から、カツカツてと足音が聞こえてくる。足音に伴って、一人の薄紅色の髪の青年がゆらりと姿を見せる。先程の火球を打った…―炎の異能力を使った張本人だ。
「泪……」
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