第41話 鋼太朗side
―暁特殊異能学研究所・西区裏口廊下。
愛用のバイクに乗り、普段から車の通りも少なく、手入れの行き届いていない山道を、数時間掛けて目的地に到着した鋼太朗は、無言で研究所の中を歩いている。正確には数ヶ月ぶりに、研究所へ戻って来たと言った方が正しい。子どもの頃より日常生活と研究所生活を行ったり来たりしていた鋼太朗にとって、この研究所は懐かしい光景だ。
この場所自体。鋼太朗からして見れば、既に馴染みがあるので、外部全体そのものは大方把握している。研究所の内部でさえ、前々から一部の研究員を除いて入ることを、禁じられていた侵入禁止区域以外は、部屋の内装も知っている。一度脱走済の身の上な為か、見つかれば只では済まないのは身を持って分かっているので、廊下や部屋の中を歩いていると思われる職員に、悟られないよう当然バイクは近隣に隠し裏口の窓から潜入している。
「久しぶりとは言え、研究所出た時とあんまり変わってねぇな…」
幸いにも内部の監視カメラや、研究所に侵入した異能力者の思念を察知する、センサーの位置が鋼太朗が脱走した以前と、ほとんど変わっていないようだ。しかし自分が研究所を脱走と言う形で離れた事によって、警備の認証システム自体はかなり変わっているだろう。侵入に成功しても油断は出来ないと判断し、鋼太朗は今も慎重に足を進めている。
「…何だこれ」
廊下や開けっ放しの部屋の所々に、数ヶ月前には見る事がなかった機械が、幾つか設置してある。設置されている数は少ないが、見たところどうやら最新の設備らしい。まさか両兵管轄下の研究所にも、既に宇都宮の手が入ったとでも言うのか?
この場合は無闇に機械へ触れない方が良いと判断し、鋼太朗は改めて研究所の先へと足を進める。
―暁特殊異能学研究所・西区内。
「この区域に来るのも久しぶりだな」
鋼太朗は開いていた扉の前に立つと、その内のある一つの部屋へ入室する。そこは数年以上も放置されていてかなり埃が蕪っている部屋は、昔『ある被験体』が住んでいた部屋。その部屋の住人は鋼太朗と交流を持った事で、既に家族と共にこの地を離れてしまっている。
「…やっぱ気付いてやがったか」
その場所は元々『箱庭』と呼ばれる『聖女候補者』を育成する施設だった。
十年程前、鋼太朗は聖女候補者の一人でもある少女と交流を持った。鋼太朗自身初めは、異性の友達が出来た位としか思っていなかった。日に日に接していく内に、無垢だが外の世界を知りたがる、好奇心旺盛な少女に対して次第に惹かれていった。
「データは全部持って行かれてるな…」
鋼太朗が候補者の少女と交流を持って数週間後。同じ区内の別の一室で、少女と瓜二つの少年と出会った。薄汚れた狭く暗い部屋の中でうずくまり、襤褸(ぼろ)を身に纏った薄紅色の髪の少年。それが泪だった。顔立ちこそ鋼太朗と仲良くなった少女とそっくりだったが、出会った泪は全てが少女と真逆だった。
機械のように冷たい眼差し。全てを諦めた表情。鋼太朗が始めて赤石泪と出会った時、泪は全てを諦めていた。
『何で暗い顔してるんだよ?』
『……お前には関係ない』
『関係ないことないだろ。俺、鋼太朗ってんだ。お前の名前は?』
『! る………泪(るい)』
泪と名乗った少年に興味を持った鋼太朗は、少女との交流を平行して一人でいる泪の部屋へ通い、何度も何度も話を続けた。最初泪は全く口を開こうともせず、なんだこいつといった表情で、眉一つ動かさないまま黙って鋼太朗を見ていた。
それでも鋼太朗は根気よく泪と話をしていく内、泪はぎこちないものの、少しずつ鋼太朗に話しかけてくれるようになった。そして鋼太朗は、一度だけ泪に家族はいるのかと聞いた事があった。
『家族? ………名前は知ってる』
泪は語った。泪は生まれてから一度も家族の顔を自分の目で見た事がないと。
『知ってるけど……知らない人に会いたくない』
名前だけは聞いた事があると言ったので、一緒に行くから家族に会いに行こうと言ったら、頑なに拒否された。
そして二人との交流は、ある日を境に終わりを告げた。少女は区内から消えたと同時に泪も居なくなっていた。『箱庭』へ無断で入った罰として、鋼太朗は西区域に入る事を禁じられた。成長するにつれ、鋼太朗は異能力を使える以外は、一人の学生としての日常生活を送り始め、必要な時を除いては研究所に出入りする事も少なくなっていった。
鋼太朗は泪の家族の名前を知っている。両兵と共に研究所に関わっており、彼の娘とも何度か交流を持っていた。泪が知らない人に会いたくないという理由は、最初の内はわからなかったが、少し考えれば泪は家族の顔すら覚えていない。いきなり家族に会いに行こうと言われて会える訳がない。
「······」
思えば物心つく前から両兵から言い付けられていた。『表立って自分の力を使うな』と。
「!?」
突然周囲のアラームがけたたましく響く。突然の騒音に反応した鋼太朗は反射的に目を見開く。
「侵入者を発見した!」
「侵入者は西区域にいる、システムから思念反応も感知している! 研究所に侵入したのは異能力者だ!!」
複数の足音がアラームの警告音と共に鳴り響く。この場所に人がいる事が研究員に感付かれた。
「不味い」
最悪な事に複数の足音は、鋼太朗が居る西区域の方向に向かって来ている。向かって来る研究員の話の内容からして、研究所の者達は異能力者の思念を僅かでも、察知するシステムをも完成させていたのか。幼少から必要時を除いて常に念を制御していた、鋼太朗の思念まで察知するとはかなり精度が高いものだ。
すぐに埃まみれの部屋を出て、足音と逆の方向へ走る。逃げ切れないと判断した鋼太朗はその場へ立ち止まり、自分を追って来た研究員を。
「…まさかあなたが侵入者だと思わなかった。四堂鋼太朗」
背後の研究員を見た後、すぐに前方を見ると更に複数の足音が、自分達の方へ近づいてくる。鋼太朗に逃げ道はなかった。
「……やるしかないな」
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