第40話 泪side



夕方から単身、暁特殊異能学研究所へ向かうと、携帯の会話を通じて宣言した鋼太朗を追う為。泪もまた、事務所の庭の駐車場に止めてあるバイクへ向かう。周りから興味なさそうと言われる事もあるが、和真に勧められる形で2輪免許を取っているのだ。鋼太朗の話だと研究所へ向かう道の途中は、複雑な山道になっていて、実際かなり時間が掛かると言っていた。


研究所へ向かうなら陽が沈む前にここを出た方が良い。それ以上に研究所の事を知っている鋼太朗にも、『暁』の連中にも聞きたい事が泪には沢山あった。


「泪君っ!」


どうやってこの場所を探し当てたのか、数日前から一貫して宝條学園同級生としての立場を取り、徹底して突き放している相手でもある冴木みなもが、内股気味に走りながら泪の元へ近付いて来る。一年の時から冴木みなもの名前自体知っていたが、正直名前だけしか知らない同級生に自分の住んでいる場所など教えない。


「あなた…どうして」


既に泪のみなもを見つめる視線は明らかに変わっている。

泪は何度も何度も辛辣にみなもに対応しているのに対し、あれだけ泪に冷たくされたのにも関わらず、みなもは全く自分への態度を変えていない。


「どいてください。僕は今から大事な用事があるんです」

「だ、だめっ! 絶対だめっ! 異能力研究所になんか行かないで! お願い泪君! もう私の為に危険な事なんかしないでっ、お願いっ、お願いっ!!」


一体彼女は何を話している?

それ以前に何故、一般人が世間からは世界ぐるみで徹底して隠蔽されている、異能力研究所の事をどうして知っている。そしてその研究所を知るみなもと、みなも本人が行っている行動は、余りにもおかし過ぎる。


「僕は自分の目で、本当の事が知りたいんです。あなたには僕が知る権利を、一方的に妨害される理由など一欠片もありません」

「駄目っ、それでも駄目っ! わ、私…私。私の大好きな泪君には、危険な目にあってほしくない…。危険な事をして欲しくないの!」


目の前のみなもの話を聞き流しながら、頭の中で鋼太朗の言っていた事を考える。暁特殊異能学研究所は二つの管轄下がある。その内の一つは鋼太朗の父親の管轄下にあり、もう一つは恐らく―。


「自分の家族の事が関わっているんです。貴方にとって、僕の家族をも『どうでもいい』と?」

「で、でも…でもっ……。や、やっぱりだめ! そんなのはだめよっ! 泪君は……私の大好きな泪君はずっと私の側にいて……。私の大好きな泪君には、私だけの側にいて欲しいの。お願いっ!!」


みなもはまるで、自分自身に言い聞かせるかのような、何かを決意したかの表情で、泪を切なげな潤んだ瞳で見つめ口を開いた。


「私…っ。……私、私は泪君が好き。泪君が大好きなの!!

一年の入学式に初めて出会った時から、ずっとあなたの事…。ずっとずっといつまでもあなたの事だけを見つめてたの…。

だからっ…だからいつまでもいつまでも永遠に、ずっと私の側にいて欲しい…。ずっとずっといつまでも私だけの側にいて。いつまでも暖かくて優しい笑顔の泪君でいて欲しいの…だから……お願い」


冴木みなもからの、あまりに愚かで意味のない告白。勇気を出して泪に自分の思いを告白すれば、愚かな事をする泪を止められると、冴木みなもは本当に思っているのだろう。


みなもの思惑とは裏腹に、みなも自身は泪に身内周りを追求され、明らかに戸惑っている。動揺していると言う事は、彼女にまだ身内に対する情は、ある程度残っていると見なされるのか。


「ご家族はどうするんです? 冴木さんには自分の事を心配してくれる、家族がいるんでしょう。僕のような素性も分からない一生徒ばかりにかまけて、自分の家族を心配させてどうするのですか」

「パパも、ママも…おばあちゃんも……。私には……私にはそんなのどうだっていいよっ!! 私には……私にはもう泪君だけしかいないのっ!! だから…私にはもう……私には泪君しかいない…いない、の……」


「それが貴方の本音です。本当の貴方は『自分以外どうでもいい』んです」


涙ながらに泪へ、自分を気持ちを切実に訴えるみなもを全く気にも止めず、頑として冷徹な態度を崩さない泪。自分以外どうでもいい、と指摘されたみなもは全身をビクビクふるふる、と震わせながらその場に立ち尽くす。



「僕には周りを蔑む人間など、始めから必要ありません」



泪から直に追い討ちをかけられ、ガタガタと唇をも震えさせるみなもを完全に無視し、駐車場に停めてある自分のバイクに跨がると、早々にエンジンを吹かせてバイクを走らせた。


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