第3話 鋼太朗side
「泪の奴。本当に俺の事忘れてるのか…。転入早々ついてないな、くそっ」
鋼太朗は右の頬を手で擦りながら、第一校舎へ続くエントランス中庭に設置されているベンチに座り、一人考え事をしていた。無惨にも擦っている右頬は、手跡が付いたかのように赤く腫れ上がっている。
幼なじみである赤石泪と、十年ぶりに衝撃的な再会をした始業式以来数日。鋼太朗は休み時間や昼休みを利用して、泪と話そうと何度か接触を試みたが、その度に冷たい視線と慈悲の無い言葉であしらわれるのみ。
今日はあろう事かな昼休み。大勢の生徒が昼食のメニューや購買のパンを巡って争い、大混雑中の宝條学園第一食堂で、一人テーブル席を捜していた泪に声を掛けようとしたのは良い。
だが些細な事から鋼太朗は躓(つまず)いてしまい、勢い余って泪を床に押し倒してしまった直後、泪から無言で全力の平手打ちまで頂いた。泪を押し倒した直後に一部の女子生徒が何やら騒いでいたが、鋼太朗にそっちの趣味はないのは当然言うまでもない。
「泪が俺の事覚えてないって事は…まさか、あの実験進んでんじゃねぇだろうな…?」
自分の父親は異能力の研究をしている大学教授であり今は一研究所の所長。あの時までは父親のしている事は正しいと思っていた。
鋼太朗が宝條へ転入する数ヶ月前の出来事。鋼太朗は気まぐれに父親が所長を務めている研究所を訪れた、しかしそこで見たのは父や研究員達による、異能力者に対する恐るべき非人道的な所業。普段血も見慣れている鋼太朗ですら、目も覆いたくなるような凄惨な実験の数々だった。
だが見ている途中で研究員達に気付かれ、その後は無我夢中で逃走してしまった為に、結局あの場所で何をやっていたのか詳しくは分からなかった。
昔から父親の研究に対して興味自体は持っていたが、まさか父親や研究所の人間が異能力者に対して録な事をやっていなかったのかと、あの事件で嫌でも理解した。
当然鋼太朗自身も異能力者であり、普段から力を隠して過ごしている。
異能力を制御(コントロール)する事自体、昔から訓練していたので馴れているが、既に実家を飛びだし父の管轄研究所の擁護も受けられない鋼太朗にとって現状周りが敵状態に等しい。
当然親戚にも自分が異能力者である事は隠している。自分を匿ってくれた寛容な伯父はともかく、異能力者嫌いの従姉妹達にバレたら鋼太朗自身大事では済まされない。
「あんな惨たらしい実験結果が、表にも出回って見ろ…俺達異能力者だけじゃなくて、力を持ってない母さん達だって只じゃ済まねぇのに…」
「惨たらしい実験って何?」
「決まってんだろ、異能力者を実験台にした……うおぉっ!?」
鋼太朗が一人事をブチブチ垂れていたら、鋼太朗が座っているベンチの正面にはいつの間にか一人の女子生徒が立っていた。薄い紫色の二つの長いお下げが特徴的で、制服の色を見るに緑の制服から一年生、一九〇センチ近くある鋼太朗より大分小柄な女子生徒。
その低身長の割にやたらと胸が大きいのが鋼太朗の目に入った。
「昼休み食堂で悪事を働いた四堂鋼太朗。三年からの転入生で泪お兄ちゃんにまとわり付く悪い虫」
「お前は一年生だろっ!! 先輩を呼び捨てにするな!! 後、俺が悪事を働いた悪い虫って何だよ!?」
「友達と泪お兄ちゃんから聞いた」
この胸だけでなくやたら態度もでかい失礼な後輩が、自分を虫扱いし始めた原因はまさかの泪本人。不慮の事故とは言えあまりにも酷い仕打ちだ。
「……そ、そうだな」
泪から言われていたのなら否定は出来なかった、今鋼太朗が泪にしつこくまとわりついてるのは事実だ。それより何故目の前の後輩の娘は泪の事を知っている。泪の幼なじみは自分一人だけではなかったのか?
ただ鋼太朗は泪と別れて数年以上も経っている。自分以外に泪を知っている人間の一人や二人居てもおかしくない。
「ちょっと聞くけど、お前も泪の事知ってんのか?」
興味本位に後輩の女子生徒に聞いてみるが、女子生徒は不満があるのかジト目で鋼太朗を睨む。
「何さ。悪い虫には教えてあげないよ」
「酷ぇな…」
「でも、私も泪お兄ちゃんとは昔からの幼なじみなんだよ」
これは鋼太朗にとって初めて得る情報だった。実は泪が家族と居る所は全く見たことがない、自分の知っている泪はいつも一人で居たから。
自分の家族の事だけでなく自分自身の事も何も話さない、それが鋼太朗の知る泪だ。
「そうか…教えてくれてありがとな」
「あっ…ど、どういたしまして」
女子生徒はぎこちないながらも、軽く頭を下げながら鋼太朗へ礼を言い校舎へ向かおうと歩き出すが、少し考える素振りをして鋼太朗の方へ振り返る。
「私は瑠奈。真宮瑠奈(まみや るな)」
瑠奈ははにかんだ笑みを浮かべながら名前を告げると、今度は振り返ることなく去って行った。
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