第47話 鋼太朗side



―午前六時半・水海探偵事務所。



「お兄ちゃん、お帰りなさーい!」


バイクに跨り元来た山道を数時間掛け、鋼太朗と泪の二人が神在へ帰還した頃には、既に陽が登り初めていた。


検査の後。余計な抵抗をされないよう薬で眠らせた冴木みなもは、手の空いていた研究所の所員により、神在駅前へ送り届けたと言う事らしい。下手をすれば意識を取り戻し、駅でさ迷っているだろうみなもと鉢合わせないように、最短となる神在駅のルートは予め避け、遠回りで泪の事務所に戻る事で一致した。


「俺に挨拶はなしか」

「……瑠奈」


事務所玄関の前には案の定、瑠奈が二人を待っていた。朝からの思わぬ来客に泪は目を丸くして驚いている。


「そうか、言ってなかったな。昨日俺がよんどいたんだ。一緒に帰ってくるから朝飯作ってくれって、つか。大体何で俺の名前はスルーなんだよ」

「勝手にお兄ちゃんの事務所に乗り込んで、俺達にご飯作れとか言っておいて、私に無茶振りさせたのは鋼太朗じゃん。人使いが荒い」


相変わらずのジト目で頬を膨れさせる瑠奈。鋼太朗的にはまったく恐くない顔で睨み付ける瑠奈をみると、両目にはうっすらと隈(くま)が出来ている。

それもそうだろう。泪も自分を追って研究所へくる事を前提に、泪と一緒に無事に帰ってくる事を条件に、泪の事務所へ行って朝飯を作って貰うように頼んだのだから、泪の事が心配で寝ていなかったに違いない。二人の他愛ないやりとりを見て、すぐ事情を把握した泪は苦笑いを浮かべる。


「昨日勇羅に事務所の合鍵借りたんだよ。流石に鍵を借りる理由で、お兄ちゃん達の事聞かれたけど、受験と進路の件で話したらすんなり貸してくれた」


勇羅と聞いて少しだけ嫌な予感がするが、瑠奈の様子から無事に自分達が何をしてるかは隠し通したようだ。瑠奈は改めてホッと息を吐いてから、二人へ向けて笑顔を見せる。


「鋼太朗はお兄ちゃんと一緒に、必ず帰って来るって言った。それでも本当に帰ってくるのか気になって結局眠れなかった。でもさ……二人共無事に帰って来て良かった」


両親が暁研究所と関わりを持っていた瑠奈本人は、瑠奈の両親の意向で暁研究所の事を何も知らない。知らなくていい。これは彼女の両親だけでなく、今も交流を持っている隣の泪も同じ気持ちだろう。


泪自身実の家族の存在を全く知らない。訳ありの自分と関わりを持っている人達を、巻き込みたくない気持ちは、恐らくは鋼太朗以上に大きい筈だ。



「……そっか。ありがとう」



瑠奈に礼を告げる泪の表情はどこかぎこちない。元々泪は自分を表に出すのは苦手なのを知っているが、今までの二人のやりとりを見る限りでは、瑠奈相手だと泪は自分自身の感情を、どうやって瑠奈に伝えようとすればいいのかの迷いが、更に泪の感情表現の混乱に拍車をかけているように思える。


「そうだ、朝ご飯は待ち合い室。早く食べないと朝食冷めちゃう。せっかくだから朝食も気合い入れて作っちゃった」


食事の用意が出来ていると言うので三人で待ち合い室に行くと、そこには絶対に居ない筈の篠崎勇羅がテーブルに両手を頬杖で付き、足をぶらんぶらんさせながら椅子に座っていた。



「瑠奈、お邪魔してるよー。それから泪さん、鋼太朗先輩。お帰りなさーい!!」

「な、何で……っ?」



鋼太朗達が玄関前で話をしている間に、いつの間にか待ち合い室へ潜り込んでいたらしい。勇羅は異能力者でないとわかっているので、彼の思念はともかく気配すら察知出来なかった。この場所にいるのが当たり前と言った感じで、座っている勇羅に泪も唖然となっている。


鋼太朗達が話をしている隙を見て、事務所へ無断侵入した自覚はさすがにあるらしい。テーブルに置かれた人数分のオムレツやら大きめのサラダボウルに、沢山の種類の野菜が盛られたサラダやら、程よく焼き色の付いた厚切りベーコン。自分達が帰ってくる間に、瑠奈が手間を掛けて作った色とりどりの朝食にはさすがにまだ手を付けていない。


「早く食べないと冷めるよ」

「お前。瑠奈から事情聞いたよな…」

「うん。泪さん達受験勉強で徹夜するから夜食の差し入れするって。でも徹夜の差し入れにしては、かなり材料買い込んでたからさ」


買い込みの量だけで普通ではないと見抜いていたのか。こいつはどこかの漫画の忍者か。


「…砂織先輩は?」

「今日は休みだから姉ちゃんまだ寝てるよー」


心なしか泪の声が低音になっている。ようやく自分や異能力に対する騒動が、一段落付いたと思ったらこの騒ぎである。


「ユウ君。昨日話聞きましたよね? 瑠奈に僕と四堂君が受験勉強するから、その差し入れをしてもらうと」

「聞いたよー。泪さん普段何かをしながら食事する事はしないし、勉強の後で食事するなら問題なしなしー」

「……っ」


勇羅の方はこの場を退く気など全くないと悟ったのか、泪は片手でこめかみを抑えながら盛大に溜め息を吐く。勇羅の話し方の素振りだと、泪の食事パターンはとっくに見抜いているようだ。泪の方も食べ物に意地汚く、食事を取る時の態度に関しての勇羅はとてつもなく頑固だと理解してるのだろう。


「実際試験勉強とかフェイクで、ぶっちゃけ異能力者がらみの事件でしょ。俺も姉ちゃん達も泪さんや瑠奈の事情は大方知ってるから、遠回しにしてまで隠さなくても良かったのにー」

「!!?」


ぶーたれながらテーブルに肘を付く勇羅に、瑠奈は顔を逸らしあははと苦笑いを浮かべる。



「……やっぱり知ってたんですね」



衝撃的な勇羅の発言に対して、泪は参ったと言わんばかりに再び大きくため息を吐く。


「お、お前…っ」

「ユウ君は僕達が異能力者だって言うのは、もう知ってます。僕や瑠奈の素性知ってて黙秘してくれてるし」


「俺の友達の中にその手の人達何人かいるんだ。だから泪さんも瑠奈も、自分の力を隠さなきゃいけないのは理解してる。姉ちゃんも全部覚悟の上だって言ってた」


泪が自分を助けてくれた水海兄妹や篠崎姉弟を信頼しているから、気軽なく対応したり周りの事を任せていられるのか。泪の反応に対し、勇羅の呟きはどこか寂しさと含みの混じったものがある。勇羅は勇羅なりに友人の本当の素性を知っていて、友達の立場を十分理解してるからこそ、逆に力になれなくて寂しいのかもしれない。



「異能力者ってのも、あんまり良いもんじゃねーぞ」

「そうだね。友達も言ってたけど、能力者も色々大変だもんね…」



鋼太朗の溜め息混じりの呟きに対し勇羅も同意する。勇羅の声にまだ寂しさが混じっている。



「今から追加分のオムレツ作ります。卵は―」

「卵1パック分のデカい奴!」

「言うと思いました…」


勇羅は先程まで寂しそうに見せていた表情から一転し、すぐに屈託のない無邪気な笑顔を見せる。泪は半ば呆れながら食器棚へ向かい歩いていく。瑠奈も手伝おうと泪の後を追った。


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