第48話 鋼太朗side



―午前九時・水海探偵事務所待合室。


「まったく、嵐のような奴だった…」

「いつも騒がしいけど優しい子です」


早朝ちゃっかり事務所へ乗り込んで来た勇羅と共に、泪と瑠奈。そして鋼太朗の四人で朝食を取った後。瑠奈に持っていた合鍵を貸していたにも関わらず、無断で事務所へ乗り込み、食事に割り込んだ謝罪とお礼を鋼太朗達に告げると、これから麗二達と遊びに行くからと言い、事務所の庭にいつの間にか止めてあった専用の自転車に跨がる。直後、勇羅の傍に駆け寄った瑠奈から事務所の合鍵を受け取った後。颯爽と去って行ってしまった。

自転車を漕ぐ勇羅の後ろ姿を見て、溜め息を吐きながらぼやく鋼太朗に対し泪は苦笑する。


「そうだ、今日は鋼太朗に聞きたい事沢山ある。昨日お兄ちゃんと一緒に研究所へ、何しに行ったのか聞いてない。あの時も郊外の研究所に行って、何をしに行ったのか全然教えてくれなかったし」

「ちょ、おまっ!?」


前回の研究所の一件をまだ覚えていたとは、なんと粘着質な小娘だろう。泪が異能力研究所に関わって居るのと、この場に泪がいる事を絶好の機会に、一緒に自分が研究所へ何をしに行ったのかを、全部聞き出そうと言う魂胆か。


「瑠奈。四堂君にも色々と事情があるんですから、深く追求するのも酷です」


泪も今回ばかりは思う所があり、鋼太朗を追求しないよう瑠奈を諭すものの、瑠奈の真剣かつ思い詰めるような表情を見る限り、今回は全く引く気はないようだ。


「……お兄ちゃん、私も異能力者だよ。ほんの少しだけでも良い。この世界の異能力者達が世間で一体どんな形で、周りに研究されてるのかが知りたい」


瑠奈は鋼太朗が思念を使った所をしっかり見ているし、あの時張り込みをしていたと思われる研究所の職員は、鋼太朗が思念を使っている時に居合わせた、瑠奈の顔もしっかり確認している。



「……わかった」



これは話せる所まで話すしかないな、と深く溜め息を吐く鋼太朗に対し、泪の方はまだ納得していないと言った表情をしている。


「昔、泪に会ってるから。当然泪が異能力者なのは知ってるな」


瑠奈は無言で頷く。泪が異能力者だと言うのも既に知っているようだ。


「表社会じゃ一切知らされていない裏の世界じゃあ、違法なもんとかを色々と扱って、売買したりして取引を牛耳っている、表社会の財界でも有名な宇都宮って一族がいる。俺と泪はその連中が管理している研究所の異能力研究に関わって来た」

「その一族は、僕達のような異質の力を扱う者を、表の社会から根絶やしにしようとしています。…異能力者が基本、表沙汰では決して認識されていない事は、瑠奈も知ってるでしょう」


機械を思わせる表情で淡々として語ってはいるが、目の動きがじっくり観察しないと判らない位に泳いでいる泪をみる限り、泪の方も瑠奈に余計な情報を与えないよう、慎重に言葉を選んでいる。


「う、うん。子どもの頃から知らない人の前では、絶対に力を使うなって言われてたし…。自分が異能力を使える事も異能力者だって事も、信頼出来る人以外には教えてない」


瑠奈も自分が持っている力が、この社会では異端だと言う事をはっきり認識している。力を隠して暮らしている分、普段は明るくても周りとの会話に対して、比較的慎重になっているのは明らかだ。


「表で認識されてない異能力者達が、何処で住んでるか知ってるか?」

「……そ、そこまでは」


力を隠して暮らしてはいるが、瑠奈自身の日常は普通の人間とほとんど変わらないようだ。異能力者への迫害や研究所の存在すら知らない瑠奈は、現状異能力者の立場については何も知らないまま。鋼太朗の話を無言で聞いている泪の表情もますます険しくなる。


「裏では異能力者達が屯(たむろ)っているアジトや廃墟から、至るところに異能力者達が縄張りとして暮らしてる場所が存在している。能力者だと言うのが表沙汰になって、社会的立場を失った異能力者は、まともに暮らす事自体が難しいからな。だから異能力者の受け入れが表だって進んでる、神在周辺の地域が奇跡とも言っていい」


鋼太郎の話を遮るように、泪もまた口を開き始める。


「件の未解決の連続殺人事件。あれから調べて見たんですが、国内では滅多に見ることがない重火器をも使用されていたんです」

「えっ、じ、じ、重火器? それって軍事用のライフルとかグレネードランチャーとか?」


重火器と言う単語で明らかに瑠奈は戸惑い始める。対戦車用の物が出てくる当たり、食事中にヒーロー物の話題を出していた勇羅の影響も色々受けていそうだ。


「大袈裟過ぎますがそう思ってくれて構わない。異能力自体、僕や四堂君のような攻撃系のものもあれば、瑠奈のような特殊なものまで多種多様に存在していますし、異能力者を排除出来るならどんな武器だろうと使うのでしょう。


異能力者狩りは異能力者に協力している非異能力者すらも、排除しようと言った過激な考えの持ち主も存在しています。そして裏の世界でもまた、表で居場所を失った異能力者を排除しようと言うのが正しいんです」

「そんな…」


異能力者達の居場所は日を経つ毎に無くなり続けている。異端の力を持つ異能力者全てを排除しようとする異能力者狩りと、『未知の生体兵器』『研究材料』である異能力者達を、異能力者を根絶やしにしようとする連中に狩られまいと、世界中の研究機関が競って争うように、闇に隠れながら暮らす異能力者達を、日に日に追い詰めているのが現状だ。



「『力を隠し続けろ』『力を使うな』『異能力者である事を悟られるな』。子供の頃、俺は親父からずっと言われ続けて来た。そんなもん簡単だ。異能力と言う未知の研究材料を、自分達の研究欲で満たす為、異能力者を国内外で起き続けてる戦争の、新たな兵器として使う為だけに。世界中の研究機関が躍起になって、世界中の異能力者達を『研究材料』として―」

「コウ!!」



先を言おうとした直前、泪に『これ以上何も言うな』と警告するような強い声で、言われた鋼太朗は反射的に会話を止める。『研究材料』の言葉に反応したのか、瑠奈の表情も不安なものになっている。


「……悪い」

「瑠奈、もう帰りなさい。これから四堂君と話があるから」

「う、うん」


瑠奈は不安げな表情をしたまま、何度か鋼太朗達の方を振り向きながら玄関へ向かう。ドアノブに手をかける直前に瑠奈の手が止まり俯きながら。



「………お兄ちゃんは、私に何も教えてくれないんだね」



瑠奈の背中を無言で見つめる鋼太朗達を尻目に、寂しく響く瑠奈の呟き。瑠奈はドアを開けた後、鋼太朗達の方へ振り向かず事務所の扉をゆっくり閉めた。


「良いのか?」


自転車の漕ぐ音がみるみる遠ざかって行く。瑠奈は泪本人の口から泪の昔の事を知りたかったに違いない。泪自身も異能力者である以上、研究所の根本に当たる部分を話す訳にもいかないが、あの寂しそうな様子を見ると、瑠奈は本当の意味で異能力者の闇を何も知らない。


実際。鋼太朗個人の思いは、どうせ教えてやれるなら、自分の知っている泪の事情を全て教えてやりたかったが、本人に強い口調で止められてしまった以上、どうする事も出来ない。この場合、泪が鋼太朗や瑠奈と会話を続けさせようとしないと言った方が正しいか。


「そういやお前、記憶がないって……」


さっき泪は鋼太朗を『コウ』と呼んだ。過去に何度か話した際、自分の方から『コウ』と呼んでくれと言ったので間違いない。心を開かない泪に何度も何度も積極的に話しかけて、ようやく呼んでくれたからはっきり覚えていた。



「………いいえ。覚えていません」



泪は無表情ながらも、鋼太朗へ向かってはっきり覚えていないと告げる。なら先程コウと言ったのは反射的だったか。


「じゃあ、瑠奈の事は?」

「水海の人達に保護されて意識を取り戻した後、生活的・社会的な知識と昔。彼女と会った事は覚えていました。それ以外は…」

「そうか」


一体泪にとって瑠奈はどう言う存在だ?

彼女も鋼太朗と同じ、泪と接点を持つ数少ない人物で、家族と一切の関わりを持っていない泪にとっては初めての異性に違いはない。

何よりも鋼太朗が会っていない約十年の間、泪の記憶の矛盾が余りにも多すぎる。両兵や研究所職員のこれまでの話を合わせると、宇都宮一族管轄下暁研究所の『研究材料』として暮らしてきた泪は、鋼太朗以上に異能力者や研究所の暗部を知っている。



「俺もそろそろ帰るわ。時間取らせて悪かった」

「……」



今の泪に研究所の事を追求しても、聞けないだろうと判断した鋼太朗は帰宅する事にした。実際面を向かって泪と話をしようと考えても、どうしても泪との会話が長く続かないのだ。泪は自分を含めて周りをはぐらかすのが余りにも上手い。今回の件も結局ははぐらかされてしまうだろう。



「………『変わっていない』のは『僕だけ』です」



囁くように呟く泪の声は誰にも聞こえていない。事務所玄関のドアを開ける鋼太朗の広い背中を、泪は冷たい機械の様な無表情のまま黙って見つめていた。


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