第31話 瑠奈side



「真宮さん、ちょっと昨日の事で話があるの。少しだけ良いかしら?」


一年C組の教室に入り、扉を閉めようとした瑠奈の前に立っているのは、二つの三つ編みおさげが特徴の女子生徒。制服の縁が青である事から三年生。女子生徒はこの前、勇羅と泪に言い寄っているとの事で噂話をしていた、冴木みなもと言う三年の女子生徒だった。彼女は同じ三年の赤石泪が好き、と言うのはクラスの外でも噂になっている。毎日いつも同じおさげ三つ編みの髪型でいるので、すぐに彼女が例の冴木先輩だと理解した。


「あ、あの…。何かご用でしょうか?」

「真宮。あんた何ドアの前で突っ立ってんのよ? もうすぐ一時間目始まるわよ」


教室のドアを閉めようとした瑠奈を、何が何でも阻止しようとばかりに立つみなも。冴木先輩にどう理由を話そうかと頭の中で思案していると、タイミングの悪い所で瑠奈の後ろから、泪の話をしているのに気づいたのか翠恋まで話しかけてくる。


「あら、なぁに。私、後ろの派手な子に用はないの。勝手に私に話しかけないで」

「ち、ちょ!? なっ、なによそれ! ふざけないでよっ!!」

「私は今、真宮さんに話しかけてるの。私の邪魔しないでほしいな」


勇羅の話では妄想の激しい先輩と聞いていたが、こちらが思っている以上にはっきりと物を言う先輩だ。


「真宮さん。あなた、どうして私に黙って抜け駆けしたの? 私に黙って、私の大好きな泪君にお料理を作るなんて…。あなたのやってる事は悪辣な卑怯者のする事よ。本当に真宮さんって、狡くて卑怯な人だわ」


どうも泪達と商店街で買い物している所を、冴木先輩に目撃されたようだ。しかも泪達に夕飯を作った事も知られてたとは。それでも悪辣な卑怯者とは言いがかりも良い所だと思う。


「ちょっと真宮っ、あんたそれどういう事!? 私の知らない所で勝手に抜け駆けした訳!?」


だからこの場では話したくなかったのだ。激高する翠恋に構わずみなもは、どうしようかと言った表情で冷や汗をかく瑠奈を尻目に話を続ける。


「私ずっと楽しみにしてたの。私の大好きな泪君が、私のありったけの思いを込めた料理を沢山食べて貰える事。あなたのやっている事って、私の大好きな泪君にとっても卑怯なやり方なの、本当にあなたって悪辣で卑怯な人。いつも泪君を、世界で一番に大切に思ってる私の気持ちも考えて欲しいの」


みなもの一方的かつ理解不能な言いがかりを黙って聞いていたが、ふとある事に気付いた瑠奈はすかさず反論する。


「あの…冴木、先輩。それは冴木先輩は、赤石先輩『だけ』に料理を作る事前提で。冴木先輩は赤石先輩の周りの人には、それを作らないんですよね。その行為っていつも周りの人達に、気配りをしている赤石先輩が一番傷付く事です」


昨日は泪だけでなく鋼太朗も同伴していたし、途中乱入してきた勇羅も相当な量を食べてくれたので作りがいがあった。これを言えば確実に争いになるが、泪と学園内で一緒に昼食を食べた事が以前一度だけある。泪の昼食の量を見るからに普段から小食だし、実際料理をそんなに大量に出されても半分以上残されるのが関の山だ。


「…る、泪って、よく食べんの。ねぇ」


隣で聞いていた翠恋も先ほどの発言で、多少怒りが飛んでいったのか実に微妙な顔になっている。よく食べるのは泪ではなく勇羅の方だが。


「私。私は私の大好きな泪君だけに、私の大好きな思いの込もった手料理を食べて貰いたいの。泪君以外の他の人に私の料理を作るなんて、そんなの勿体ないし他の人なんて私にはどうでもいいよ。


私は卑怯者のあなたなんかに絶対負けない。あなたには私の大好きな泪君の優しくて繊細な気持ちなんて、これっぽっちも分からないものね。私は私の大好きな泪君の輝く笑顔を必ず掴んでみせる。泪君はいつまでも私の傍にいてくれるから。私の大好きな泪君の傍にはずっと、何時までもいつまでも必ず私が傍にいるから」


冴木みなもは魚のように口をパクパクと開いたままの状態の瑠奈に対し、一方的に言うだけ言うと歩いて去って行った。


「ちょっと真宮! さっきからあんた達の話してる事、全然訳が分かんないわよ! あたしにも分かるように説明しなさい!」


翠恋の声を聞き瑠奈は電球のスイッチが入ったかのようにはっと我に返る。翠恋をジト目で見つめる。


「つか、三間坂は時々赤石先輩に手作りのお菓子あげてるじゃん。先輩に感想もらった?」


抜け駆けだとぐだぐだ文句を垂れているが、翠恋自身も泪に自作のクッキーやカップケーキを渡してる所を二度程目撃している。感想をもらったのかと聞かれた途端、翠恋は顔を真っ赤にしながら蒸気が噴き出した見たいに慌て出す。


「うっ、うっ、うるさいわねっ! まだ泪には感想をもらってないのよっ! 大体あんたにその件は関係ないじゃない!」


これ以上自分に聞かれたくないのか、それとも言うのが恥ずかしいのか、翠恋はドカドカと足音を立てながら自分の席へ戻っていく。


翠恋の菓子は見た目もラッピングも良く、瑠奈は食べた事はないが味の方も彼女の友人の反応からして、甘みも程よくて出来は良いのだがいかんせん渡し方が凄い。相手が温厚な泪だからこそ受け取ってくれるが、他の男子だと反論されるか最悪キレられるだろう。本人からすれば自分の意見など余計なお世話だと思うが、もっと素直に渡す事は出来ないのだろうか。


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