第35話 瑠奈side
―午後三時・一階昇降口前廊下。
「真宮さん」
「さ、冴木先輩…」
琳や芽衣子達と一緒に昼食を取っている時。先日の調理部の部活の際に、偶然話をして色々と意気投合し、今度の放課後、みんなでパンケーキを食べに行こうと、瑠奈達を誘ってくれた三年の水海先輩。誘われた琳や芽衣子と一緒に、もうすぐ来る筈の水海先輩を待ち合わせていると、先日泪の件で教室の前で揉めあった、三年の冴木みなもが瑠奈達に声を掛けてきた。
「あの、冴木先輩…。何かご用ですか」
「真宮さん。もう私の大好きな泪君に、付きまとうのはいい加減にして。あなたは私の大好きな泪君に、どれだけ迷惑を掛けているのか、どうして分からないの?」
余りにも一方的かつ独善的な言いがかりに、瑠奈は怒りを通り越して溜め息が出そうになる。穏やかな笑顔で佇むみなもの前に、瑠奈のすぐ隣の芽衣子が口を開く。
「あの、先輩。私達今日は急いでるんです」
「今はそんなの関係ないわ。私、あなた達となんか話したくないの。私は今真宮さんと話したいの。だから私の邪魔をしないで」
鋼太朗や先日の水海先輩と言い、今まで対面した三年生の先輩とはあまりにもかけ離れ、尚且つ異質で高圧的な態度に、琳も芽衣子もどうやって対応して良いのか引いている。
「冴木さん。後輩の子達、困らせてどうするの」
みなもの背後から凛と響く女生徒の声。昼休みに待ち合わせの約束をしていた先輩であり、そして泪の友人でもある水海京香。
「あっ、水海先輩」
京香の姿を見たみなもは、それまで見せていた穏やかな笑顔を一瞬にして曇らせる。
「…水海さん、これはまたあなたの仕業なの。あなたのせいでいい加減、私の大好きな泪君がどんなに大きな迷惑を被ってるのかが分からないの?」
「もうその手の話は聞き飽きたわ。一年の時から何度も言ってるけど、私は赤石君とは友達以外何の関与もない」
みなもの言いがかりに対し京香はまたか、と言った表情をして深い溜め息を吐く。彼女は自分達後輩だけでなく、泪の周囲の同級生までも困らせていたのか。
「そんなの嘘に決まってる。水海さん、私に嘘をついてもダメよ。あなたは真宮さんと同じ陰湿な卑怯者よ。真宮さんと言いあなたと言い、どうして私の大好きな泪君に卑怯な事が平然と出来るの?」
みなもは周りに人がいる前で、心にも無いことを平気で口にする。卑怯者と言われた京香の表情は、瑠奈達の目から見ても相当引き吊っている。
「…ごめん、瑠奈ちゃん達。今日、私一緒に行けなくなっちゃったから、私の分までお店楽しんで来て」
京香は丁度自分の隣にいた琳に、一枚のメモ用紙の紙を渡すと、すぐにみなもの方へ向く。用紙を渡された琳は戸惑うが京香は横目で心配しないで、と言った表情で笑みを向けた。
京香の方を何度か不安げに、振り向きながら正門へ向かう三人に対し、笑顔で軽く手を振って見送った後、京香は表情を引き締め改めてみなもと向き合う。みなもは不機嫌ながらも、私は誰にも負けないと言った表情で京香を見ていた。
「…やっぱり水海さんってズルくて卑怯な人。どうして、いつも私の邪魔ばかりするの?」
「冴木さん…。今からじっくり話し合いしましょうか」
京香もみなもを真剣に睨む。これからしばらくは彼女と言い争いになりそうだな、と確信した。
―通学路。
「水海先輩、大丈夫かなぁ」
「この店の今月の新作パンケーキ。先輩楽しみにしてましたもんね」
瑠奈達三人は、京香から渡されたメモ用紙の切れ端を見ながら、少し前を歩いていると、やたらと身長差が目立つ見覚えある二人の男子生徒が歩いている。一人の小柄な…―勇羅は歩く瑠奈達にすぐ気づいたようだ。勇羅が瑠奈達に気づいたと同時にもう一人の生徒・麗二も一緒に近づいてくる。
「三人共どうしたのさ。神妙な顔つきしちゃって」
勇羅達にこれまでの経緯と、京香とみなもの事を説明する。一通り話を聞いた勇羅と麗二は、不思議そうな表情をしながらお互いに顔を見合わせる。
「京香姉ちゃん。いくら嫌いな相手でも、女の人相手だと絶対手は出さないよ。手を出したくても出せないって言うか…」
勇羅の京香が手を出せないと言う意見に、麗二も同意する風にうんうんと頷く。
「水海先輩、幼少から母親に空手習ってたって聞いたな。ユウから又聞きした程度なんだけど、先輩段位も取ってるとか」
「そっか…」
それならば同性相手に手を出せば、確実に京香の方が不利になる。下手すれば京香の現在の立場だけでなく、京香の身の周りの人達にまで被害を被ってしまうと、京香自身が理解しているからだ。
勇羅に同意した麗二も幼少から武道をやっている身の為、京香が安易に相手へ手出し出来ないのを、痛いほど理解しているのだろう。更に麗二の場合、男性である事と体格なども災いし、完全に麗二の側が不利になる。
「雪彦先輩は京香姉ちゃんに何回か殴られてたけど、あれは先輩の自業自得な所あったし」
「あれは単純に雪彦先輩が行き過ぎてるだけだと思うぞ…。先輩後輩問わず、大概の女子が『あの先輩に近寄られたら殴っていい』って、認識されてる当たり」
麗二が呆れながら答える。雪彦自身容姿は良いのに、女の子と綺麗なお姉さんが大好きで、やたらスキンシップを取りたがる悪癖が、見た目の全てをぶち壊してる時点で残念過ぎる。実際瑠奈達も雪彦が茉莉や教諭達にも説教されている所を目撃している。
「あれで勇者認定されてないのも凄いよ」
「そりゃ雪彦先輩頭良いし、京香姉ちゃん以上に自分の立場も在るから、ギリギリで校則違反交わしてるし…。むしろしょっちゅう女子に殴られてる所見てるけど、女の子が嫌がる事は絶対にしてないもんね。あれでも大企業の跡取りなんだよ」
「雪彦先輩。『あれ』以外は律儀で真面目だから信頼出来るし、心配はないけどね…」
一先ず雪彦の話題を後回しにし、五人は再び三年生の話題で思索する。
「その冴木先輩って、水海先輩達の同級生でしょう?」
「冴木先輩と話しただけで京香先輩の顔相当引き吊ってたし、京香先輩との仲は良くないと思う」
京香がみなもに対してあの対応なら、泪の方もみなもと親しくないのは確実だ。京香も勇羅や鋼太朗同様、自ら周りと接しない泪に根気よく接して会話して、泪の信用を得ることが出来た数少ない一人。
「じゃあ鋼太朗は……」
「瑠奈?」
「ううん。なんでもない」
鋼太朗に無理を言ってまで教えて貰った、泪のもう一つのアドレス。これは勇羅と京香も知っている。瑠奈は鋼太朗に教えて貰うまで全然知らなかった。鋼太朗が知っていて瑠奈が知らなかった以上、この十年の間に泪に何らかの事情があったに違いない。
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