第34話 鋼太朗side



―昼休み・視聴覚室。


食堂で昼食を食べ終えた鋼太朗は、以前入室した場所とはまた、別の校舎に存在する視聴覚室で、ズボンのポケットから携帯を取り出しアドレス帳画面を開く。


濃い紫色が特徴の鋼太朗の携帯の登録リストには、唯一残してある母親と弟二人の携帯番号と、アルバイトや日常生活で色々世話になっている伯父の名前。そして前の学園で転入試験等の手続きに、協力してくれた親しい友人の他に、新たに登録した『赤石泪』の文字。泪の文字をクリックすれば泪の携帯番号と、メールアドレスが二つづつ表示される。


「基本的に掛けて良いのは、上の携帯番号とメールアドレスだったな」


下の携帯番号とメールアドレスは泪と親しい人間のみが知っていると言い、泪本人も滅多な事では教えないと言っている。下の連絡先を使う時は緊急時か何か大事な話がある時にだけ、使ってくれとの事だった。一方的に粘着しているとしか思えない自分に、この重要なアドレスを教えた当たり、鋼太朗が知っている話に泪は相当関心を持っている。


泪のアドレスを黙って眺めていると、キッチリと閉めていた筈の視聴覚室の扉が、いきなりガラガラと音を立てて開かれた。


「あー。なんか最近よく会うなぁ」

「つか、ここんとこ会いすぎだろ。ここの視聴覚室、あんまり人来ないから丁度良かったんだ」


無人の視聴覚室に入って来たのは、何らかの資料を両手一杯に持ち込んだ瑠奈だ。


「私は単に担任の先生に頼まれて、ここの視聴覚室へ資料を仕舞いに来たの」

「何かやらかしたのか」

「失礼な。毎回お兄ちゃんに付きまといじみた行為してる、鋼太朗にだけは言われたくない」


鋼太朗にからかわれたのが癪に障ったのか、ジト目になって頬を膨らませながらも、沢山の資料を持ちつつ歩く瑠奈は、鋼太朗のスマートフォンの画面が光っている事に気づく。


「そういやさっきから、ずっと携帯見てるね」

「アドレス帳見てたんだ。数日前に泪の連絡先とメールアドレス、教えて貰ったばっかだしな」


泪のアドレスと聞いた途端、瑠奈はジト目の膨れっ面から一瞬にして目を輝かせる。しまったと思ったがもう遅い。瑠奈は持っていた資料を近くの机の上に置いてから、鋼太朗の近くへ駆け寄って来る。


「お前、泪にアドレス教えて貰ってないのかよ」

「ううん。上の奴のアドレスは知ってる」


鋼太朗の携帯を見つつ数回瞬きをして、瑠奈はあっけらかんと答える。瑠奈は上のアドレスは知っている? 彼女は下の…。泪のプライベートアドレスを、本人から教えて貰っていないのか。


「普段お兄ちゃんとメールしたり、電話で連絡取り合ってるのは上のアドレスの奴なの。下の方のアドレスは見た事ないから」


下のアドレスを知っている者は勇羅と彼の姉、同級生の京香と彼女の兄。そして泪に、直接教えてもらった鋼太朗だけだ。瑠奈と仲が良い勇羅も下のアドレスを、過去に泪と面識のあった瑠奈に教えていない当たり、このアドレスでの連絡には教えた泪を含め、管理にも相当気を使っているようだ。


「ね。下のアドレス教えて」


瑠奈のあまりにもド直球すぎる要求。アドレスを知っている相手が限られている以上、鋼太朗も安易に教える訳にはいかないのだが、直に見られた以上隠せるものではない。既に知っているとはいえ、もう一つの泪の連絡先を教える事に、渋い顔をしている鋼太朗に瑠奈はおずおずと口を開く。


「その顔だと、その連絡先なんか訳ありみたいだけど…。やっぱり駄目?」

「……教えてもいいが条件がある。この下のアドレスは絶対に誰にも教えるな。下の連絡先を知ってるのは俺と勇羅と水海、それから二人の姉貴と兄貴だけだ。後は緊急時以外このアドレスを絶対に使わない。それを守るなら教える」


鋼太朗の真剣な表情と、説明の語りを見た瑠奈はゴクリと喉を鳴らす。鋼太朗が言った連絡先は、泪が相当隠したいものと分かったようで理解が早い。


「わかった」


瑠奈は自分の携帯を制服のポケットから取り出すと、鋼太朗の携帯の画面を見ながら、慎重に泪の下の連絡先の登録を始めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る