第33話 鋼太朗&泪side



数分前まで鋼太朗達を攻撃してきた襲撃者が、視界から見えなくなったのを改めて確認すると、鋼太朗はいつの間にかその場で座り込んでいる冴木みなもの方へ、ほんの少しだけ近づいて声を掛ける。


「おい。大丈夫か」


鋼太朗に声を掛けられ、はっとした表情で我に返った冴木みなもは、自分の方向へ近づいて来た鋼太朗の助けは借りない、とばかりに腕を一振りするとゆっくり立ち上がる。一瞬だが冴木は鋼太朗へとあらかさまな嫌悪の表情を見せた。


「…私。あなたに助けてほしい、って言った覚えなんて一言も言ってないわ」

「は?」


ぽかんと口を開けたまま気の抜けた顔を晒す鋼太朗。さっきまでみなもは自分へ襲い掛かって来た、身に覚えのない襲撃者に対し、あれだけ酷く怯えていたのに、その恐怖は一体何処へ行ったと言うのだ。


「私。あなたなんかに助けてもらうより、泪君に助けて貰う方が良いの。私の大好きな泪君はあなたみたいな、野蛮で薄汚くて単細胞で下品で臭い男と違って、綺麗で優しくて素敵な私だけの理想の王子様なの。


だから勝手に私を助けるなんて、余計で身勝手な事しないで欲しいわ。私を恐い人から助けてくれる人が、私の大好きな泪君だったら良かったのに…。私の、私だけの王子様は私の大好きな泪君ただ一人だけなの。全然モテなくて恋人すらいないあなたにだって、私の王子様が誰なのか当然わかるでしょう?」


一体この女は泪の事をどういう目で見ているんだ? しかもさらりと、男としてもの凄く屈辱的な事を言われた気がする。

そしてこの女は見ず知らずの人間に、何の理由もなく殺されそうになった所を助けられたのに、この上から目線の偉そうな言い草。泪からそっけ無い対応は何度もされど、大して面識もない同級生にこのような仕打ちを受けたのは初めてだ。


「~~~っっ!!」


今ここで、目の前の女をありったけの罵詈雑言で、ボロクソに怒鳴り付けてやりたいが、感情のままに怒鳴れば、自分の学園生活は最後だと無意識に脳が訴えたのか、鋼太朗はみっともない歯ぎしりを必死に立てながらも声を抑える。これは決して口に出す事はないし不謹慎ではあるが、もし異能力者狩りが相手じゃなかったら、問答無用でみなもをあの場から見捨ててやったのに。


「じゃあね。もう私に話しかけないで、さようなら」


みなもは少し前から、不気味に顔を引き吊らせている鋼太朗に構わず、先ほどの出来事など何もなかったかの様に、その場から立ち去って行った。


「………っ」


冴木みなもの姿が見えなくなったのを確認した鋼太朗は、彼女が消えた方向へと身体を向け、肺が限界になるまで息を吸い込み、ありったけの声を出せるだけ出すがまま一気に叫んだ。



「……冴木のバカ野郎おおおおおおおぉぉぉぉーーーー!!!」



この年齢からして大分大人げないが、ちょっとだけスッとした。鋼太朗が叫んだ直後、遠くからパトカーと思われる複数のサイレン音が鳴り響いて来た。



―数分前・郊外別所。



裏通りの近くで、泪は数台のパトカーを目撃していた。話をしている通行人達の話によれば、すぐ近くで通り魔があったらしい。幸い襲われた人に怪我はなかったが、犯人は現場から逃走し今も捕まっていない。


「泪君っ!」


自分の元へ駆け寄ってくる音が聞こえてくる、見慣れたおさげの少女は冴木みなもだ。学園の中でといい彼女とはとにかくよく遭遇する。思えば一年の時から積極的に自分へ話しかけて来たが、三年になってあらかさまに話しかける頻度が増して来た気がする。


「冴木、さん…?」

「泪君! よかった、私…っ。私……凄く恐かった。いきなり恐い人が私を襲って来て…私、何もしてないのに殺されそうになって…気づいたら恐い人と誰かと揉み合いになって…。でも私、恐くなって…気づいたらここまで逃げてきたの…」


みなもは両目を潤ませながら、不安げな表情で泪の顔を見つめる。何らかのトラブルに巻き込まれたが、揉み合いの隙をついて逃げたと言う訳か。彼女の話の内容からして、先程の通り魔に関わっている可能性があるかもしれない。


「…あの。その恐い人って、先程の通り魔と関係していて…。最近神在やその周辺で発生している、連続殺人事件に関わっているんでしょうか?」

「だ、だめっ! やめてっ。私、私…泪君に危険な事させたくない」


自分に危険な事をさせたくないとは、一体どのような経緯で、やめろと言った発想が出てくるのだろう。流石に言葉の初めに、連想殺人事件の事を出したのは不味かったが、泪自身は通り魔の事を聞きたいだけなのに、彼女の発想が大袈裟すぎにも程がある。


「嫌っ! 泪君お願い、危険な事しないで。私に約束して? 私の為に危険な事しないって…。お願い…私、泪君には絶対に危険な事してほしくない…」


なんとも自分の本位で強引に物事を語る女だ。きっと彼女は自分さえ良ければ、他人の意思などどうでもいい人間なのだろうか。


「それは約束出来ません」

「駄目っ! 私、これ以上私の大好きな泪君に危険な事させたくないの! 探偵ごっこだなんて、下らない事なんかもうやめてっ!」


みなもの悲痛な叫びと同時に、今まで穏やかさを保っていた泪の表情が一瞬で機械の様な無機質な表情へと一変する。


「そうですか。あなたにとっては、僕が思っている大事な人ですら『くだらない人』なんですね」

「え? で、でも、でもっ……。やっぱりだめっ! そんなのだめよっ! もう、これ以上私の大好きな泪君が傷付くのは嫌…嫌なの。お願い、お願いよ…私の為に危険な事なんかしないで…」


みなもの涙まじりの意味のない哀願に対し、泪は一呼吸置いてみなもへ向く。


「あなたの頼み事は頑として聞けません。失礼します」


徐々にざわつく周囲を余所にその場へ立ち尽くすみなもを放置し、泪はその場を離れて行った。


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