第36話 鋼太朗side



伯父の店のバイトを終え、神在市と隣町の丁度境目に存在するマンションに戻った鋼太朗が、玄関の鍵を開け扉を開こうとする直前、携帯から着信音が鳴る。シンプルな着信音が鳴り続ける画面には、先日登録したばかりの泪の名前が表示されていた。


「泪…?」


その携帯番号は、普段こちらにかけてくれと告げた連絡先の番号ではなく、同じアドレス帳の別に登録した泪の個人連絡先。最近スマホの機種を変更したばかりで、新しい物はまだ使い慣れていない為、音の変え方が分からず着信音はそのままである。まさか泪の方が自身のプライベートアドレスから、鋼太朗の方へ直接連絡をかけてくるとは予想外だった。


『すみません四堂君。こんな時間に』

「気にするな」

『いきなりの質問で申し訳ないんですが、先日通り魔に遇ったんですって? 通りかかった周辺で警察が騒いで居ましたので』


泪の言う通り、先日通り魔に遇った事はあったが、正確には異能力者狩りだ。それも鋼太朗が遇ったのはかなり性質の悪い異能力者狩り。更には異能力すら持っていない、一般人の冴木みなもまで狙った当たり、狩りをしている連中の縄張り範囲は相当な広範囲と見える。鋼太朗は携帯と荷物を左右の手に持ち、自室に移動しながら泪との会話を続ける。


「まぁ、犯人は数十分位で偶然通りかかった通行人から、俺らが起こした騒ぎに気付かれて、逃げちまって今だ逃走中。あの後、俺は事情聴取受けただけですぐに解放されたよ」


事情聴取とはいえ、同じ犯人を見たもう一人の目撃者である冴木みなも。彼女は鋼太朗に好き放題言いまくった後、現場にパトカーが到着した頃には、完全に姿形も見えなくなっていた為、実質的には鋼太朗一人で聴取を受けたも同然である。


『そうですか』

「聴取を受ける前にちょっと色々あったけどな」


冴木みなもに自分に助けは必要ないと、言われたあげく自分の事をボロクソなじられた直後、思いっきり叫んだ事は敢えて黙っておく。


『単刀直入に聞きます。四堂君は前に、暁特殊異能学研究所を調べてくれと言いました。四堂君はその暁研究所と、どんな関係を持ってるのです』


視聴覚室で遠回しに、暁研究所を検索してくれと泪に言ったが、そこまでストレートに聞き出そうとすると思わなかった。


「それは…」

『暁研究所の件。あの後家に帰って、もう一度調べてみたんです…。貴方は例の異能力研究所のどこまで知っているのですか? 訳ありの異能力者が集まる郊外裏通りへと、貴方が何度も出入りしている噂が……いえ、四堂君が個人で異能力者狩りに狙われる当たり、相当危険な橋を渡ってるとしか思えません』


「…つか。お前其処まで知ってたのか」


情報収集の為に神在市郊外の裏通りへ、何度も出入りをしていたのは本当だ。その場所は自身の持つ異能力が原因で、元からの居場所を失ったはぐれ異能力者達が、昼夜問わず頻繁に屯(たむろ)している。


その裏に屯っている異能力者達の多くは、持っている能力故に周りからの人間による、異能力者に対する偏見と迫害の末、中には社会に出られないレベルでの人間不信に陥っている。普通の感性を持つ『人間』なら余程の事でないと、あの場所へは滅多に行きたがらない。下手して彼らに手を出そうとすれば、人間不信に陥り力の制御が、不安定になってしまっている異能力者達に襲われるからだ。


『原因不明の連続殺人事件。異能力者も非異能力者も関係なく犠牲者が出ています。実は犯人の被害者殺害方法、その全てが一つ一つ異なる手段手法で行われている。

刃物で身体を切り刻まれた遺体は当たり前、遺体の損傷が激しく身元の判別に時間のかかった被害者も居ました。その中には国内には存在しない···正規のルートでは、決して国内に持ち込む事すら不可能な筈の重火器や、銃弾までもが使用されていましたとも聞きます』


異能力者の存在が表沙汰になるのを阻止するべく、政府だけでなく報道すらもまるで国内が一丸となって、原因不明の連続殺人事件を揉み消すべく、表社会から徹底的に封殺されている中でも、現在の事件に関する状況を冷静かつ、的確に言い当てる泪の観察力と洞察力は非常に優れている。


泪は昔から周りに対する知識や、周囲に対する環境への順応力や吸収力。技術に対する呑み込みの異常な早さといい、自分が居た研究所職員からも一目置かれていただけはある。


「……異能力者狩りか。これはあくまで俺が、裏通りで聞いた噂話での範囲なんだが。その異能力者狩り集団。地下の非合法のルートで入手した武器や道具。薬物なんかを使って、異能力を持つ人間を片っ端から狩っているとか」

『なるほど。異能力者狩りは狩る対象が、異能力を持っていると判断した時点で排除する…と』

「だが異能力者狩りの連中は、異能力者に協力している奴なら、非異能力者をも排除している。この辺りが色々連続殺人事件と似てるんだよ」


『…わかりました。これはまだ僕自身も半信半疑なんですが、異能力者が関わっている、暁特殊異能学研究所に、異能力研究に関する、重要な資料が置いてあるとか…。僕が話せる情報は現状それだけです。

それをどうするかは今、かつて暁研究所を抜け出し、その内部をある程度把握・理解している四堂君次第かと。それじゃ、また学校で』


携帯を切り、鋼太朗はベッドの上で胡座をかきながら蛍光灯を付けた天井を見上げる。


「暁にまた戻るのか………。やっぱ、行くしかないよな」


それにしても泪の方から、研究所の情報を持ち出して来るとは思わなかった。後は暁特殊異能学研究所への突入を決行するかどうか。ただし突入するのは、あくまでも『四堂両兵管轄下』の研究所だろう。

鋼太朗が幼少の頃から身体検査として、頻繁に通っていたのもこの研究所だ。あれ以来数ヶ月離れていたとはいえ、泪の言う通り研究所の内部は半分程度把握している。


『宇都宮家管轄下』の方は、両兵管轄下の暁研究所よりも更に距離が遠いし、それ以上に鋼太朗自身にもリスクが大きすぎる。皮肉なものだが両兵や周りの職員や研究員から、宇都宮一族管轄下の研究所は、異能力者への迫害が、当たり前のように行われて来たと、耳が痛くなるくらいに聞かされてきた。


自分がいた暁研究所自体が、改めて異質な場所だったのだと。


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