第37話 鋼太朗side



午前の授業が終わり、通学途中のコンビニで買って来た昼食を、クラスの教室の自分の席で十分も経たない内に済ませた。パンの空袋を扉前のゴミ箱へと投げ捨てたものの、鋼太朗が投げたゴミ屑はゴミ箱へ外れ、不運にも担任にヒットした。担任の怒鳴り声を背に浴びつつ、逃げるように教室を出た鋼太朗は、すぐさまパソコンの設置している視聴覚室へ直行し、近くに空いているデスクトップPCを立ち上げた。


「せめて…。せめて、一つでも手掛かりがあれば」


目的は当然、暁研究所関連の情報と資料。異能力関連については、国家間レベルで徹底的に隠蔽・検閲されているのは分かっている。それでもほんの僅かでも構わないと言わんばかりに、ありとあらゆる研究機関系の情報サイトを、鋼太朗は隅から隅まで検索しまくった。


既に暁を脱走し、異能力研究所の手を離れたとは言え、両兵管轄下の暁研究所なら侵入自体可能だ。鋼太朗の施設逃亡が原因で、当然研究所内の対異能力防衛システムは、何重にも強化されているだろうから、極力自分の能力を使わないように警戒する必要がある。


今の機会を見逃せば、鋼太朗の様な力の強い異能力者の侵入を防ぐ為、研究所の対異能力防衛システムは更に強化されてしまうだろう。


「見つけた、四堂君。ちょっといいかな?」


ネット検索に集中する鋼太朗の背後へ声を掛けてきたのは、まさかの冴木みなも。異能力者狩りと言う名の通り魔事件後。鋼太朗は逃走した通り魔の犯人の事で、複数の屈強な捜査員達に囲まれながら、根掘り葉掘りと尋問されるかの如く散々質問されまくったのに、彼女はよく聴取を逃れたものだと思う。最も彼女はパトカーが来る前に現場を去ったのだから当然だが。


「……何だよ?」


この厄介な時期に、まさに厄介な相手に声を掛けられたものだ。第一彼女は鋼太朗に、男として屈辱的な仕打ちを与えて置きながら、尚も平気で自分が鋼太朗にやった仕打ちを、頭の中では簡単になかった事にし、こうも平然と声を掛けられるとは何とも図太い神経をしている。


「四堂君。あなたにはこれ以上、泪君と関わらないでもらいたいの。私、泪君にはもう危険な目にあって欲しくないの」


これまでのみなもの言動を見る限りは、彼女本人は泪の現状を、過去だけでなく周辺の事情すらも、なにも知らないらしい。当のみなもは泪本人に、信頼以前に信用すらされていない、と言う事か。


「私はずっと…。ずっといつまでも泪君のそばに居たいの。だからもう、あなたは泪君の邪魔をしないで」

「……お前は泪が知りたい事も、知らさないとでも言うのか?」


昨日の電話における会話の内容を聞く限りだと、泪は暁研究所だけでなく、異能力狩りの件や連続殺人事件の事も知りたがっている。異能力者の現状や異能力研究所を、自らのルートで調べてまで鋼太朗に情報提供してくれたのだ。


「私は泪君にはもう、絶対に危険な事をしてほしくないの。だからもうあなたは、今後一切私の大好きな泪君に関わらないで」

「……」


親しくもない相手の願いを簡単に聞く程、泪はお人好しではない。鋼太朗もつれない態度を取る泪に何度も何度も話しかけて、やっと信用してくれたのだ。自分ばかりが最優先で、周りに信用すらされていない人間に対し、泪が安易に自分の事を教える訳がない。


「泪が駄目なら、お前が泪の代わりに危険な行為をやるとでも?」

「そんなの駄目っ! 駄目よっ! 私は泪君に危険な事をしてほしくないの。だからもうあなたは二度と泪君に関わらないで。あなたは泪君を不幸にする疫病神よ」


みなもとは全く会話が成立しない。と思ったら今度は鋼太朗を疫病神扱い。自分が疫病神なのは否定しないが、相手の気持ちを全く顧みない所を含め、とことん無自覚に人を傷付ける事が出来る奴だと思う。


「なら今の泪の考えてる事は、お前はどう説明するんだ? 第一お前は、あいつの好意すらも土足で踏みにじってるんだぞ」

「駄目! そんなの駄目ったら駄目なのっ! 私は泪君に危険な事して欲しくないだけなの!」


鋼太朗が口を挟む以前に、みなもは何度も何度も、自分にとって都合の良い、同じ言い訳ばかりを繰り返す。自分が言うのも何だが、なんとも面倒くさすぎる女だ。自分の考えてる事だけでなく、思い人でもある泪の意志すら関係ないとでも言うのか。


「じゃあお前は、泪の何を知ってる? 泪の何が分かるって言うんだ?」

「私…? 私は泪君の事なら何でも知ってるよ。私には泪君の事だったら何でもわかるの。泪君はいつでもみんなに優しくて、みんなに暖かな笑顔をくれて、みんなが憧れる私の大好きな王子様なの。

泪君はいつだってみんなに優しいから、あなたや水海さん達に仕方なく優しくしてるだけ。泪君はそんな危険な事を絶対に望んでいないわ」

「お前……」


狂っている。この女は狂っている。どうしてそこまでして、泪の人格を簡単に絶対な意思をもってまでして否定できる。いや、彼女は泪の本性や本質を欠片の一つも知らないからこそ、『泪はみんなに優しい暖かい人間』である。とみなも自身の中で確信して断言出来るのだろう。


これ以上目の前の女子生徒と、会話をしても意味がないと判断した鋼太朗は、今も一方的に話続ける冴木みなもを無視してPCをシャットダウンすると席を立ち、視聴覚室から出ていこうとする。


「待って。私の話はまだ終わって―」

「止めて欲しかったら泪本人に言ってくれよ。泪がどう行動しようが、あれはあいつ自身の問題だ」


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