第38話 泪side
―午後三時半・宝條学園正門前。
「泪君!」
三年の下駄箱置き場にて。泪は自分の靴が入っている靴箱からローファーを取り出すと、手早い手つきで上履きを靴箱に入れ、黒のローファーへ履き替える。昇降口から出て少し歩き正門から出ようとする泪に、背後から泪の後を追って来たと思われる、同級生の冴木みなもが小走りで泪の元へ駆け寄って来る。
「何かご用ですか?」
嬉しさを全く隠すことなく、近づいて来たみなもに対して、泪の返答は嫌悪を見せる事も、驚くこともなくただただ淡々としている。そんな泪の対応など全く気にすることなく、泪の隣に寄り添ったみなもはすぐに、二つの瞳を潤ませながら悲しげな表情で、泪を真っ直ぐに見つめる。
「泪君、やっぱり危険な事はやめて。やっぱり私、泪君には危険な事をしてほしくないの…」
「危険な事とは」
「…私、決めたの。私は私の大好きな泪君を、絶対に危険な目に合わせたくない」
目の前の彼女は、どうやら泪が例の事件に関わる事を全く良く思っていないようだ。だが泪自身にとっては、いずれ異能力に関する事件と関わらなければいけない。普段から隠してこそいるが、泪自身もまた異能力を持つ人間だからだ。泪が異能力者である事を知っている人間は、水海兄妹と篠崎姉弟。そして瑠奈を含めた探偵部の面々のみ。そして鋼太朗が過去の自分を知っている事から、鋼太朗も知っているだろう。
「お……っ。せ、赤石先輩…」
校舎の方から泪の姿を見つけた瑠奈が、小走りで泪の所へ掛けよってくる。プライベートで普段、瑠奈は泪の事は『お兄ちゃん』と呼ぶのだが、泪のすぐ隣に冴木みなもが居ると気付いたのか、すぐに呼び名を変える。
「瑠奈…」
「だめよ真宮さん。泪君は今、私だけと話してるの。私と泪君の邪魔しないで」
みなもを無視し泪は瑠奈へ話しかけるが、泪の言葉を遮るように、みなもも一方的に瑠奈へ話しかける。
「瑠奈。行きましょう」
「真宮さん、私の大好きな泪君の邪魔しちゃ駄目でしょう? 泪君は今、私だけと話してるの。邪魔しないで」
瑠奈は泪とみなも。見知った上級生二人同時に話しかけられ、二人の顔を交互に見ながらどうしたらいいのかと動揺する。
「あ、あのぉ…」
「私、絶対に決めたの。この学園を卒業したら泪君と一緒に暮らすの。泪君の為に美味しいお料理を沢山作って、綺麗なお花に囲まれて二人でいつまでもいつまでも、二人だけで幸せに生きたいの!!」
みなもの余りにも場違いかつ理解出来ない発言に対して、瑠奈は目を見開き絶句しぽかんと口を開けている。唖然としている瑠奈の様子を見かねた泪は、瑠奈を庇うようにしてみなもの前に出る。みなもの前に出た泪の表情は余りにも固く感情がない。
「冴木さん。貴方はこの状況で、自分がこの場で何を言っているのか、自分自身で理解出来ていますか」
「私はちゃんと理解してる。泪君は今も私を見てくれていない。私の知っている泪君は素敵で優しい、格好いい暖かい笑顔をくれる王子様だから! 私は私の大好きな泪君の、暖かくて優しい輝く笑顔を絶対に取り戻す」
彼女は全くもって今の状況を理解していない。目の前に居る瑠奈がみなもの話に付いて行けず、年上の鋼太朗に対しても、比較的気の強い瑠奈が反論すら口に出来ず、呆然としているのが何よりの証拠だ。
「瑠奈。今日は一緒に帰りましょう」
「さ、冴木先輩は?」
いきなり泪に話しかけられ、更には一緒に帰ろうとまでも言われて戸惑う瑠奈に、泪は瑠奈を安心させるように穏やかな笑みを浮かべる。今も笑みを絶やさず、自分を見つめ続けるみなもの方へ向き、先ほどまで瑠奈に向けていた優しい表情を、一瞬にして機械のような無表情へと変える。
「彼女には何を言っても無駄です。あれはただ単純に、同じ文章と支離滅裂な行動を繰り返すだけの壊れた機械です」
「!?」
泪へ真っ正面から吐き捨てるように言い切られたみなもは、糸の切れた操り人形の如く、その場へ崩れるようにして座り込む。
「瑠奈。行きますよ」
既にみなもが反論しない事を確認した泪は、座り込み項垂れるみなもを気にも止めず正門を後にする。瑠奈はみなもをちらりと見た直後、みなもに何かを感じたのかすぐに泪の後を追いかけて行った。
泪を追う瑠奈の後ろ姿を見つめるみなもの表情は、笑っているようで全く笑っていなかった。
―通学路。
無言で通学路を歩く泪に、泪を追いかけるように、斜め後ろを早歩きで歩いていた瑠奈は恐る恐る泪に話しかける。
「あ、お……お兄ちゃん」
「ぁ…っ」
瑠奈に話しかけられた泪は、瞬時に我へ返る。
「どうしたの? さっきから様子が変だよ?」
「瑠奈は…。自分の家族に、不満を持った事はありますか?」
「私? 父さんと母さんに?」
数か月前に再会した時から、瑠奈とはまともに話をしていなかった。今まで瑠奈が何をしてどんな学生生活を送っていたのかを聞くのに、丁度良い機会かもしれない。
「四堂君に質問された事があるんです。自分と会っていない間、どこで暮らしていたのかと」
「えっ」
「僕。育った頃の記憶が曖昧で、自分が何をしていたのか覚えてないから…」
生まれてから現在まで、泪が育った頃の記憶が曖昧なのは事実だ。今でも実の家族の顔すら覚えていないし、数年前から暮らしている和真達との記憶の方が、比較的はっきりしているのが泪の現実。
「うーん…」
泪に突拍子な質問をされ瑠奈は一瞬戸惑うが、顎に手を当てて考えた後真剣な表情して軽く頷き、泪の顔を見ると屈託のない笑顔を浮かべながら口を開く。
「小さい時は父さんや母さんの仕事の都合で、引っ越しとか転校とかばっかりだったしなぁ…。人間関係とか友達も変わったりして色々大変だったけど、私は父さんも母さんの子どもに生まれて不満はないよ」
「……そうですか」
瑠奈の答えを聞いた泪は、寂しそうに笑った。
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