第17話 勇羅side
―数時間前・宝條学園一年A組。
「ちょっと篠崎っ!」
二時限目と三時限目の授業を挟む休み時間。一年A組の教室で次の授業の準備をしていた篠崎勇羅は、またうるさいのが来た、とうんざりとしたような顔をする。
「何? 三間坂さん」
「な、何じゃないわよ! 何なのよそのやる気のなさっ!」
キツイ目の表情に、赤みの掛かった茶髪と切り揃えた前髪。そして両サイドのツインテールの髪型が特徴の女子生徒は、三間坂翠恋(みまさか すいれん)。
宝條学園入学時以来自分や友人を含め、何かがあればあちこちへ突っかかってくる、厄介なクラスメイト。黙ってさえいれば間違いなく可愛い、と言われる容姿なのに、とにかく小さい物事に対してすら何でもかんでも白黒着けたがるのが、勇羅からして見ればなんとも訳が分からなすぎる。
この前もクラスの友人が体育の授業で自分が負けたから、と言う理由で翠恋に突っかかれ、その友人は一度も彼女に絡まれた事がなく、更に無言で撒いたり適当にあしらうと言った手段を取らなかった。
結果かなりの時間を翠恋に拘束されてしまい、最終的にバイトに遅刻し店長に怒られた為、先日の休み時間勇羅に愚痴をこぼして来た。
今ではその気性の激しさからクラスメイトだけでなく、周りの同級生からも距離をおかれているだけある。
「真宮の奴はどこなのよ? ちょっとあいつに用があるんだけど」
「何で俺が教えなきゃいけないのさ。つか、あんたに瑠奈の事教える義理はないよ」
また三間坂は性懲りもなく、瑠奈を捜してるのか。それもそのはず、三間坂翠恋は三年の泪に憧れている。翠恋本人は必死に泪への好意を全力で否定してるが、彼女は顔に出やすいのだろう。勇羅を含めた周りには泪への好意などバレバレだ。別の日に泪が翠恋からもらった差し入れの食べ物か何かを、ゴミ箱に捨てようとしてたのを勇羅は目撃していた。
勿体なさ半分好奇心半分で翠恋に貰ったものを捨てる理由を聞いてみたら、泪は柔らかな笑顔で一言。
『知らない人の貰い物なんかいりません』
勇羅から見て思わせ振りかつ、あらかさまな翠恋のアプローチをバッサリ切ったのには、正直戦慄を感じた。瑠奈は泪と以前から知り合いという事で積極的に接してるし、泪の方も自分に対して正面からぶつかって来る瑠奈に、自分達とは明らかに異なった態度を取ってる。翠恋の取ってる行動自体、瑠奈にも泪にとっても迷惑だと気づかないのか。
「なによ? あたしに教える義理はないって言うの!?」
「だから教える義理はないって言ってんの」
「ふんっ! チビデブコンビの癖に生意気っ!!」
「………は? チビ…?」
勇羅にとって、身長の低さは盛大なコンプレックスになっている。
190オーバーの親友麗二を始め、周りの知り合いがあらかさまに背が高く、ほんのちょっとだけとは言えど、更に勇羅は実の姉にすら負けているので、勇羅には背の低さを比較・指摘される事が苦痛そのものだった。
しかもこの女、チビの他にハッキリデブとか言った。
後者は確実に瑠奈へと宛てられた言葉だ。麗二や雪彦同様に瑠奈とは中学からの付き合いかつ、同じ部活故に一緒にいる事が多い。常に引かれ気味で似たような友人といる事が多い翠恋は、交友関係が広い自分に問いただしに来たのだから。
「お…っ。お……。俺はともかくさぁ…。の、残り一つの方はさぁ…。瑠奈が聞いたら…怒るよ?」
勇羅は教室内で盛大に暴れたい気持ちを必死で抑え、翠恋を刺激しないように冷静に言葉を選ぶ。翠恋的には嫌味のつもりなのだろうが、勇羅にとっても瑠奈にとっても完全に地雷を踏んでいる。
「ふん。何よっ、あたしはホントの事を言っただけじゃないのよ」
この場に瑠奈がいなくて本当に良かった。只でさえ瑠奈はこの翠恋と、顔を合わせるだけで罵り合いする位仲が悪いのに、さっきの翠恋の発言を聞いたら確実に場外乱闘レベルで殴り合いになる。
「ふふんっ。あたしが可愛くて仕方ないから、結局あんたは可愛いあたしに手も出せないんでしょう?」
「ふ…ふ、ふふ、ふふふっ…。ふふふふふふっ……三間坂は自意識過剰も良い所だね? 俺は美形なら麗二や和真兄ちゃん、京香姉ちゃん達で十二分に見慣れてるんだよ」
勇羅自身、全く嘘は言ってない。親友麗二を始め整った顔立ちの男女は中学から見慣れている。美形の知り合いが多くて、中学の時は女子からやっかまれる事もあった位だ。
「何それ! どう言う意味よ!? あたしがあのガサツで暴力的な水海より可愛くないって言うの!? やっぱりあんたって生意気だわ!」
「え……。ち、ちょっと…」
翠恋の頭─いや精神の構造を覗けるものなら、今すぐでも覗いて見たいものである。何よりも口論の論点がずれてきてる。しかも高等部三年女子のボス的存在、あの京香に喧嘩売るとは命知らずにも程がある。自分が口にした失言が、自分に返って来てるのに翠恋は気が付かないのか。
だから先輩方の受け悪いって言われてるのだ、と口に出して言ってやろうとした直後。
―キーンコーンカーンコーン…。
「あ、次の授業始まる。クラスのみんなにも迷惑掛かるし、さっさと自分の席座ったら?」
「ちょっと篠崎っ!!」
翠恋が次の言葉を発する間もなく、教室へ授業を担当する教師がドアを開けて入って来た。
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