第27話 伊遠side



―暁村・私立暁学園。


白を基調とした校舎と思われる建物をバックに、建物の敷地内に存在する中庭らしき庭園には赤や白。桃色など色とりどりの薔薇が咲き誇り、その中央にある純白のエントランスを、一人の少女が優雅に歩く。


『おお…小夜様。ご機嫌うるわしゅう。今日もまた一段とお美しい』

『見て! 小夜様がいらしたわよ!』


艶やかに輝く紫色の長い髪に、頭部の白いヘアバンドがアクセントとなっている。赤を基調とした制服に黒のストッキングと、同じ色の紐付きブーツがスラリとした脚線美を引き立たせる。


『私立暁学園の麗しき高潔なる白薔薇! 我が暁学園の美しく清らかなる美の女神! 宇都宮小夜様!!』

『小夜様!』

『小夜様!』


中庭周辺に集まって来た生徒達から小夜と呼ばれる女子生徒。その優雅な立ち振舞いや歩く仕草共全てに置いて、何もかも全てを圧倒する絶対的な気品を漂わせる少女だった。ゆっくりと生徒達の周りを確認しながら小夜は穏やかに微笑む。


『ごきげんよう。皆様』

『きゃああっ! 小夜様に見つめられちゃった!』

『あなたずるい! 小夜様はみんなの小夜様なのよ!』


『小夜様!』『小夜様!』『小夜様!』『小夜様!』『小夜様!』『小夜様!』

『小夜様!』『小夜様!』『小夜様!』『小夜様!』『小夜様!』『小夜様!』

『小夜様!』『小夜様!』『小夜様!』『小夜様!』『小夜様!』『小夜様!』

『小夜様!』『小夜様!』『小夜様!』『小夜様!』『小夜様!』『小夜様!』


小夜と呼ばれる少女は、自身の取り巻きと思われる周囲の女生徒達に囲まれ、大勢の生徒達の大歓声を浴びながら、学園エントランスをゆったりとした足取りでくぐり抜けて行った。



―…。



「……こりゃあ、キッッッついわぁー」

「ちょーありえねぇ……」


伊遠は別の部署の職員より、郵送で送られてきたディスクを娘・椿(つばき)と鑑賞していた。伊遠の元に送られてきたディスクに録画されていたのは、一人の女生徒を周囲の生徒や教諭達が教祖の。いや、まるで神の如く讃える異常ならざる映像。

この場所は伊遠達が現在、保留中にしてある任務の勤務先だった。


「こんなイエスマン揃いの狂った学校、ぜってぇ行きたくねーよ…。お前行くか?」

「あたしだって、あんな女の所行きたくねーよ!」


娘と言っても伊遠と椿の間に血の繋がりはない。椿の両親は既に亡く天涯孤独になった椿を『研究材料』として、周りの身勝手によって椿の意志すら関係なく異能力研究所へ連れて行かれそうになった所を、組織の職員達が間一髪の所で椿を保護。数年前に伊遠が正式に彼女を引き取った。


幸い椿に異能力者としての兆候は見られなかったが、椿は非異能力者ではあるが自分の日常を、奈落のドン底手前までに叩き落とした異能力研究所を、陀活(だかつ)の如く嫌っている。


「…つか僕だって、あんな所行きたくねぇ」


過去の出来事もあって、義理の娘を弟子として育てる気はない。だが本人たっての希望で椿は、サンクチュアリの戦闘員養成施設で訓練を受けながら、伊遠が直接彼女に勉強を教えている。


伊遠も上層部の依頼で、暁学園へ臨時講師として潜り込む予定だったが、地方特有の権力の膿が満々な土着信仰全開の学園など正直行きたくない。件の勤務先の映像を見た結果がこのザマである。


「宇都宮一族って、本当良い噂聞かないね」

「あぁ、実際相当悪どい事やらかしてる。しかも奴ら、国内の法スレスレで、悪行やら色々な疑惑を交わしてるから尚更性質悪い」


本来なら椿も一緒に暁学園へ派遣する筈だったが、椿のこの嫌がり様では暁への派遣は二人揃ってキャンセルになりそうだ。


「じゃあ社会勉強の一貫に宝條学園行くか? ウチの知り合い居るから相談には困んないぞ」

「えぇー…。茉莉んとこぉ?」


椿は茉莉が苦手だった。嫌っているのではなく自分と似たような趣向な為、純粋に苦手としているらしい。茉莉が日常生活で義父の伊遠共々、色々と相談するのに良い相手なのは頭では理解している。


椿も自分の事は棚にあげられないが、お互い同じ女として最悪なのはどうにかならないのか。


「茉莉の勤務先に丁度、お前と同じ年頃の妹と従妹が通ってんだよ。同年代とのコミュ力身に着けるいい機会になるぞ」

「そりゃあ…。茉莉の妹達には会ってみたいけど、二人共組織の事知らないんでしょ」


茉莉とは組織の雑務がてらに何度か顔を合わせているが、彼女の妹や従妹とは面識がない。長い間同年代の相手と接する機会がなかったのが正しい。

同年代の同性との会話は椿個人にとっては、大いに興味はあるものの、長い間裏の世界で活動してきた椿からすれば、裏の世界を知らない相手に、何の話題を話したらいいのかわからないのが本音なのだが。


「まぁ…真宮も組織の件は、家族の方が話してないらしい。茉莉も同じだ」

「…茉莉の方も色々あんだね」


茉莉も本家の者も身内や娘には、異能力とはかけ離れた普通の生活を送って貰いたいのが本音だ。余程の事がない限り娘達を組織に関わらせる気は無いだろう。


最も本人達が一族特有の異能力を持っている以上、彼女達の意図を問わずとも、いずれは巻き込まれるに違いない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る