第10話 伊遠side
伊遠は研究と言う研究を詰め込んだ、資料と言う名のディスクケースやリングファイルの山が至る所に積みに積まれ、完全に汚部屋とでも呼ぶべき自分の部屋で、ノートパソコンとにらめっこしていた。
あれから茉莉と店で飲んで帰って来たのは良いが、酒の勢いでテンションが上がりっぱなしのままだったのが災いし、施設の門前で待ち構えていたサンクチュアリ職員に盛大なお叱りを受けてしまった。
今はすっかり酔いが醒めたものの、今度はアルコールから来る頭痛に悩まされつつ、一体どこで寝るんだと言わんばかりに、周りが資料だらけの部屋で伊遠は立ち上げたパソコンの画面を睨む。
「ちょっと友人と飲みに行っただけなのに、あんなに怒るこたないじゃないか…」
自分を叱った職員へぶつくさと文句を垂れながら、パソコン画面を見つつ的確にキーを叩く。何か目ぼしいものはないかとネットブラウザを一通り確認した後、メールボックスを見るとメールが一通届いていた。
「何だ、またメール。茉莉か?」
茉莉から来るメールは、基本専用のプライベートボックスフォルダの方に来るが、宛名を見ると何故か無題となっている。茉莉はメールに宛名を必ず入れる為、着信メールは茉莉以外の誰かと確信。
だが迷惑メールかと思ったら迷惑設定には入っておらず、どうも通常の受信ボックスに入っている。
しかし残念ながら、ある事情で伊遠を妬み彼を敵視するものは多い。念には念を入れてメールにウィルスチェックを掛け、メールが感染していないかを確認し、異常がない事が判断した伊遠は、改めて送られてきたメールを開いた。
「ルシオラ……」
思っても見ない人物からのメールに、少年とも青年とも似つかない低い声が漏れ出す。異能力者集団・ファントムのやり方には着いていけないと言い、組織への離反を切り出したのは自分の方だ。だが、送り主のメールアドレスを見ると、ファントムでは使われていないアドレスだ。
ファントムのアドレスは抜け出す時に全てのアドレスを把握している。離反の置き土産に組織に置いてあった、自分のパーソナルデータと内部で研究中の資料は全て破壊してやった。
物理的破壊工作はやはり楽しい。あの時負傷者こそ出なかったが、大事な研究データを壊された連中による、阿鼻叫喚と言う名の大合唱は堪らなく愉快だった。最もその研究の七割以上が所詮自分の研究データであり、万が一に備えバックアップは常に何重にも取ってあり、必要なデータは常に頭の中に叩き込んである。何より伊遠からして見れば研究の基本さえ覚えていれば、資料などいくらでも復元出来る。あの場所にあるものはぶち壊しても何の問題も無かった。
実際ファントムの奴らの大半は念動力や異能力に頼り過ぎで、物理的な破壊工作に耐性の無い者が多すぎるのだ。組織を抜けた時の事を思い出したのか、伊遠の眼鏡越しからは思わず歪んだ笑みが浮かぶ。
「いけね……」
無意識による思い出し笑いで歪みきった顔を普段の顔に戻し、かつて居た組織の総帥に送られて来たメールの内容を確認する。
「……何なに? 真宮一族の娘?」
伊遠自身真宮一族の事は知っている。茉莉の親族が自分達の関係者故に、茉莉はある程度自分の立場とサンクチュアリの事を把握しているのだ。最も彼女の両親と茉莉は自分の妹にこの事を教えておらず、本家の娘は両親側の意向で一族の関係自体全く知らされていない。
「…ルシオの奴。真宮一族の娘と接触してどうするつもりだ?」
ルシオから送られて来たメールの内容は、真宮の娘と接触を図りたいとの事だった。真宮の娘の本家か分家筋のどちらかなのが分からない。あの男好きでフットワークが軽くて、色んな意味で奔放な茉莉ではないのは確実だが。
「どうするかなぁ…」
ルシオ本人だけなら条件付きで接触させても問題はない、問題があるのは『今のファントム』だ。『今のファントム』なら確実に強硬手段をやりかねない。送って来たアドレスからして現在ルシオは単独行動中、メールを見るからに仲間も連れていない様だった。
彼一人なら基本放置しても大丈夫だが、『他のファントム』にルシオの目論見が露見されれば接触どころの騒ぎでは済まされない。本来自分には関係の無い用事だが飲み友達の事情もあるし、どうも何度か彼とやり取りをする必要がありそうだ。
「とりあえず……『保留』と」
ルシオ個人に勝手に動かれても困るので、『まだ早まるな』と追加メッセージを入れておき、さっそく元上司へと返信を返した。
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