第9話 泪side



泪は群青色のゴムで一つに纏め、膝近くまで伸びている薄紅の長い髪を靡かせながら、一人通学路を歩いていた。今年から宝條学園に転入してきた三年D組の四堂鋼太朗。彼は昔の赤石泪を知っていると言う人間の一人。だけど泪の方は彼の顔すらも覚えていない。

もし自分が鋼太朗の事を昔から知っていたとしても、今の自分にとっては全く関係のない事なのだが。


「あっ」

「瑠奈…」


事務所へと続く歩道の曲がり角の前で、見知った顔である真宮瑠奈と鉢合わせする。彼女と出会ったのは数年ぶりだった。何でも学園に近いからと言う理由で、現在は従姉妹である茉莉や琳の家に居候させて貰っているとか。


昔少しながらも彼女と交流があったが、なぜか直後に自分の前から消えてしまった。自分の目の前から他者が消えるのは、泪の中ではごく当たり前の事だった。自分の前から周りの『もの』が消える事など対して『問題ない』。昔からそれを『いつもの事』で済ませていたので、泪自身は全く気にしていなかったのだが。


「ね、ねぇ。邪魔にならなければ、途中まで…。一緒に帰っても良い?」

「……途中まで、なら」


瑠奈が泪の歩くペースに並ぶように泪も歩く速度を落とす。

思えば二人だけで話すのは本当に久しぶりだ。鋼太朗もそうだが正直瑠奈とは何を話して良いのかがわからない。昔もそうだったが瑠奈は自分の頭の中にない事をよくやらかしてくる。初めて会った時から彼女の意図が読めないが実際不快ではない。ただ、ひとつだけ瑠奈に聞きたい事があった。


「瑠奈は昔、四堂君と会った事ある? 僕と同じ学年の人」

「え? 鋼…し、四堂先輩の事?」


もしも鋼太朗が自分の幼なじみなのだとしたら、当然自分の顔なじみでもある彼女とも面識がある筈だ。


「ううん、知らないよ。四堂先輩と会ったのは、この学園が初めてだし」

「そうか…」


どうやら瑠奈は鋼太朗の事を知らないようだった。そう言えば瑠奈と初めて会ったのは、再び『一人』になってからなのだから。


「でも。四堂先輩は昔のお兄ちゃんの事、色々知ってそうだったよ」


瑠奈は俯いて複雑な顔をしている。鋼太朗は自分の知らない何かを知っていそうな、そんな感じの表情だ。


「そうだ。今度お兄ちゃんが住んでる、水海探偵事務所にお邪魔して良い? あっ。お兄ちゃんが嫌じゃなかったら!」


さっきまで複雑な表情をしていたと思ったら、再び明るい表情に変わる瑠奈。勇羅同様に瑠奈も、またコロコロと表情が変わって行くので、見ている泪の表情も自然と緩む。


「え…っ」

「勇羅からも色々聞いたけど、お兄ちゃん学校でもいつも一人でいる事が多いから、何だか心配だなー…って」


自分の事情を勇羅からも聞いていたとは。彼も何かと騒ぎを起こしてはいるが、実の所周りを良くみて観察している。姉弟そろって勘が鋭いと前に和真が言っていたが、周りの人間に対しても相手の感情を読み取って、その勘の鋭さを発揮している当たり、たまに彼らが異能力者なのではないのかと疑ってしまう。


「……いい」

「ご、ごめんなさい。やっぱ、唐突…だったかな」

「……少しだけ、なら。いい」


泪は瑠奈から目を逸らしながら、照れくさそうに呟いた。自分から自分の要望を言うのが恥ずかしいのか、僅かに頬が赤く染まっている。


「じゃあ、行って良い? 明日放課後なら部活も休みだし」

「その日で……。その日なら一人だから来ても、良い」


瑠奈と話していると無意識に言葉遣いもぎこちなくなる。泪が覚えている限りでは、自分の為に何かしてくれた相手は和真と砂織。砂織の弟の勇羅位である。いつもは自分が相手に何かをしているが、こうして目の前の相手が自分に何かしてくれると言った事自体が本当に久しぶりだった。


「うん、お兄ちゃん!」


元気よく答える瑠奈に泪は少し寂しく笑っていた。


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