第11話 鋼太朗side



─宝條学園第一校舎・保健室。


「はぁい、鋼太朗ちゃん。お元気~?」

「げ……」


その日の昼休み。昼食を済ませ食堂から出た直後、運悪く食堂前で担任と鉢合わせてしまいここぞとばかりに捕まった鋼太朗は、嫌々第一校舎保健室へと届け物をする羽目になった。そもそも第一校舎保健室の担当は、学園半分以上の男子生徒の間で悪名高いあの女教諭。

始業式終了早々鋼太朗にちょっかいを出し、おしとやかな容姿の裏に隠された攻撃性は、男子だけでなく同僚の男性教諭すら恐れる、恐怖の薄桃色の魔女。其処で待ち構えていたのは、やはり第一校舎担当保健教諭・真宮茉莉。


「んもぅ酷いわ。そのジト目の嫌そうな顔。だけどそれでも良いの。こうやって私の事を、鋼太朗ちゃんはちゃんと私を認識してくれてる証なんでしょ~」

「ま…まぁ。そうですね」


あんなに積極的なアプローチをされて認識しない訳がない。男子に恐れられ、教頭や学園長に毎回説教されても、全然懲りずに毎度毎度男にちょっかいをかけるとは、何とも命知らずな女教諭である。

活発な真宮瑠奈の従姉であると同時に、比較的大人しいあの真宮琳の姉とはまるで思えない。


「うふふふふっ。今保健室には、私と鋼太朗ちゃんのふ・た・り・だ・け! しか居ないわよ~」

「先生一人っすか…」


二人きりの言葉に反応したのか、鋼太朗はドッと疲れた溜め息を吐く。茉莉は生徒の異能力に対する相談にも乗っているとも聞く。いつもなら相談目的で保健室に常駐している生徒もぼちぼちいるのだが、今日に限って何故か不在。鋼太朗がいて欲しい時に限って誰も居ないし相談にも来ない。


「先生。私ならば何時でも何処でも存在中」

「?!?!?!」


突如、保健室のベッドからB級ホラー映画の黒髪女の如く現れた赤いスカートの女生徒。女生徒は無表情であると同時に、ベッドから起き上がった衝撃で目元の眼鏡もずれており、微妙に恐さを引き立てさせている。


「ばっ!? 万里…ちゃん? 何で此処に…? てか、あなたいつの間に保健室入って来たのよ!?」

「お腹壊して朝から寝ていた」


両サイドに跳ね気味のお下げが特徴の、万里と呼ばれた女生徒はベッドから下りると、制服の襟を整えずれた眼鏡を掛けなおす。もしかしてこの女子生徒が、探偵部の部員最後の一人の万里か。

鋼太朗達に一切の気配を悟られず、其処に居るのが当たり前のように、自分達の前に登場するとはなかなかに濃い生徒だ。


「お腹壊して朝から寝てたって…。担任の許可は?」

「許可は既に取ってあるさ。あの居眠りが大好きな、担任の目を誤魔化すのは楽だったよ」

「つまりサボりじゃないのよ!」


万里の遠回しの教室脱走宣言に対し、茉莉の鋭い突っ込みが入る。


「今すぐ職員室へ行きなさい。この件は雪彦ちゃん経由で担任に通しとくわ」

「ちょっと待って、それは困る。あのセクハラ雪彦の恐るべき秘密を握っているのは、何を隠そうこの私だけなのだから」


「あんたの知ってる秘密は私も知ってるのよ…」

「いやいや違うよ先生。雪彦の野獣っぷりは学園内でも有名だが、雪彦のあの秘密だけは先生も知らないシークレットサービス」

「訳が分からないわ!」


俺は一体、どう割り込んで何を話せば良いんだろう…。茉莉と万里の漫才じみた話し合いに、鋼太朗はすっかり話に置いてきぼりされている。

それに雪彦が野獣とは一体何なのだ? もはや二人に突っ込んだ時点で自分は負けだと感じた。


「俺。もう帰って良いっすか?」

「! あらやだ、私とした事が、鋼太朗ちゃんの事忘れてたなんてうっかりだわ~」

「元々担任から頼まれてた書類を、先生に渡しに来ただけなんでー…」


本来頼まれていた用事を一言告げてから、数十枚程束になっている書類を茉莉に手渡す。鋼太朗から手渡された書類の束を、茉莉は綺麗に手入れの整った指先で手早く確認する。


「ありがとう、書類は全部揃ってるわ。今だったら電子媒体でも良かったのに、内容が内容だから仕方ないわよね」

「書類には何の秘密が?」

「一般生徒のあんたは無関係なんだから、知らなくていーの」


渡された書類の中身が気になるのか、万里は茉莉が持っている書類を鋼太朗が持っていた時からずっと見続けている。


「時間取らせちゃって申し訳ないわ、もうすぐ五時限目の予鈴なるから教室へ戻って。万里ちゃん、あんたも早く戻りなさい」

「ちっ」

「舌打ちしないの。その行為を向かってやってるのが私だから許すけど、他の教諭に対してやったらどやされるわよ~」

「じゃ、じゃあ俺先教室帰ります! 失礼しました!」


万里に釘をさす茉莉を見やりながら、これ以上関われば自分も巻き込まれないと直感し、鋼太朗は早々に保健室から立ち去った。


「む、先輩が逃げた。何故彼は逃げたのだろう」

「…半分はあんたが原因よ」


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