第22話 瑠奈side
「瑠奈、いたいた」
瑠奈がC組の教室で次の授業の準備をしていると、近くの席の勇羅が小走りで駆け寄って来た。
「どうしたの」
「瑠奈ってさ。三年の冴木(さえき)みなも、って先輩知ってる?」
入学したばかりの一年故に、三年の生徒達の事情はよく知らない。勇羅も瑠奈も必要な時以外は、基本的に三年の教室には余り行かないからだ。高等部の三年が現在進学か就職で色々と忙しいのを理解しているし、10月下旬の文化祭が終わると受験シーズン一色となる三年の教室へは更に行きづらくなる。
「その、冴木先輩が何か?」
「冴木先輩、何でも泪さんの事好き見たいなんだ。でもさー…」
―十分前・第一校舎二階廊下。
廊下を歩く泪の背後から駆け寄ってくる、三つ編みにした二つのお下げが印象的な一人の女子生徒。後ろの気配に気付いた泪は、静かに足を止め自分を見つめる女子生徒の顔を見る。
『泪君。泪君っ! この前は、私にハンカチを貸してくれたよねっ!』
『え…あっ。三時限目の体育の時、冴木さん怪我してましたし』
冴木と呼ばれた女子生徒はうっすら頬を染め、内股気味だが適度に肉が付いた質感の良い両足をもじもじしながら、泪の顔を見たり逸らしたり何度も曖昧な仕草を繰り返す。
『あの時は私。私…すごく嬉しくて嬉しくてっ。あなたの匂いのする…あなたの切なくて甘い匂いを感じられてすっごく嬉しくて…。あの時は凄く嬉しくて、泪君の事を思って夜も眠れなかったの』
『……そう、です、か』
『ハンカチからいつでも感じられるあなたの素敵な匂い。このハンカチを持っていると、泪君がずっと傍に居てくれる感じがして、私本当に嬉しくてっ』
『それ…。もし冴木さんが、欲しいのなら差し上げます』
『本当に! 私、嬉しいっ! 私、ずっと…ずっと大事にする! あなたのくれた…。あなたの匂いが詰まった綺麗なハンカチ…。ずっと何時までもいつまでも、泪君を感じるくらいに永遠に大切にするねっ!!』
冴木みなもは、はにかむような潤んだ笑顔で泪を見ると、嬉しそうに再び廊下を小走りで走り去って行く。そして泪はそんな彼女を無表情で見送っていた。
―…。
「だってさ」
「………マジ」
同じクラスの翠恋といい勇羅が語った冴木先輩といい、泪はやたらと『濃い』女性に好かれる。しかも泪本人に取っては、自分に寄って来る女性はどうでもいい相手にしか思ってないのが恐ろしい。
「冴木先輩の話は適当に流してたけど。泪さんの声、かなり引いてたね」
「お兄ちゃん。切る時はバッサリ切るからなー」
勇羅からこれまでの泪の近況を色々を聞いていたが、泪はその手の噂自体は全く聞かない。周りの友達や同級生からも『綺麗で気配りも出来て優しいけどどこか近寄りがたい先輩』、だと言われている程だ。
「そうだね。泪さん、その手の噂全然聞かないからな。京香姉ちゃんは泪さんとも付き合い長いし、教室とか廊下で二人が普通に会話してるの見かけるけど、それでも周りからは全然噂にもなってないし」
「うーん…」
無意識に瑠奈は首を傾げる。実は瑠奈が泪と再会したのはつい数ヶ月前であり、瑠奈自身は自分が思っている程泪の事に詳しくない。
昔。泪と交流した期間も、実際はそんなに長くない。初めて泪と会った場所を離れて十年位は月日が空いているし、何より今は自分以上に昔の泪の事情について知っている、三年の四堂鋼太朗の事が気になって仕方がない。
「そうだ、勇羅は準備終わってるの? 次の授業美術だよ。榊原君や芽衣子のクラスと合同」
「大丈夫、もう終わってる。そうそう、遂に麗二の公開処刑来たよ」
麗二の独特の美的感覚を思いだしたのか、ニンマリ笑う勇羅に苦笑いする瑠奈。同じ中学で一緒のクラスだったからか大方勇羅の行動は読めている。
「でも今日のお題。人物模写だけどモデルが女子の多数決で榊原君に決まったって」
「えぇー…」
今日の美術の絵のモデルが麗二と知りガッカリする勇羅。麗二の『あの絵』を描いている所が、相当見たかったのだろう。同じく瑠奈の表情にも少し残念さが混じっていた。
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