第21話 茉莉&伊遠side



「それで。『聖女』って何なの?」

「……直球だな」


伊遠はいつもの店で茉莉と酒を飲んでいた。今回は偶然店で理想の男漁りを嗜んでいた、茉莉とバッタリ遭遇しただけなのだが。茉莉と色々話し合っている内に、自分の所属している組織のトップについて、酒の勢いもあってか、伊遠は思わずその事を口に滑らせてしまったのだ。


しかし組織の象徴とも言える『聖女』の件自体。聖域(サンクチュアリ)の中でも、最重要機密に関わる情報なのだ。そう言った組織全体の機密にも関わる情報を、ほいほいと簡単に茉莉に話して良いものか。


「私の親族も少なからずサンクチュアリに関わってるわ。家族の周りに何があっても、柔軟に動くことが出来るよう、少しでも内部の事は知っておきたいの」


茉莉の親族はサンクチュアリの職員であり、茉莉自身も間接的ではあるのだがサンクチュアリ職員の一人だ。彼女もまた一定の自由と引き換えに、ある程度組織の情報を受け取っている。

茉莉のだらしない男癖が原因で、実家から半勘当状態と本人も周りも語っているが。茉莉の半勘当の真実とは異能力者に対し寛大な宝條学園と、サンクチュアリとの事実上のパイプ役を果たしている。


「…仕方ない。僕が話せる範囲でなら」


伊遠は水割りが半分程残っていたグラスを一気に煽ると、空のグラスをテーブルへ置き、真剣な表情を茉莉へ向ける。


「…ウチの組織で聖女になる絶対条件は女性である事。次に『治癒・精神系統の能力を持った異能力者』である事」


聖女の条件も複雑だなと茉莉は思う。ただ聖女の肩書きで担うのであるなら、それこそ女性であるのは確実だ。次に必要とされる能力もまた納得がいく。聖女であればそのものが持つ異能の力は、他者に何らかの影響を及ぼしかつ他者を癒すものでないと意味がない。


「……次の条件は『清らかな純潔の乙女』である事」

「…~~っっ」


次の条件に対し茉莉を横目で見ながらニヤニヤと語る伊遠に、茉莉は笑いながら口とこめかみを引きつらせる。伊遠は茉莉の生来の男癖の悪さを知ってて言っているのが、また性質が悪すぎる。清らかな乙女じゃなくて悪かったわね、と悪態を吐きたくなったが流石に耐えた。茉莉の表情が落ち着くのを待ってから、伊遠は再び表情を元に戻す。


「次に精神的に清廉無垢(せいれんむく)である事。極端な話、聖域の聖女は生まれた時から世間一般より全てを隔絶されている」

「せ、世間から隔絶されてるって…。まさか聖女は外の世界の事、何も知らないの?」


「そうでもない。昔はサンクチュアリ自体が、聖女候補者を直接育成する施設があったらしいが、候補者施設をどこの馬の骨とも知らない権力者一族に買収されて、施設の候補者は全員聖女候補から除外されたよ」

「それは極端な話。買収した一族は、聖女候補者も全員引き取ったって事?」


茉莉の言葉に伊遠は顔を反らし、苦々しい口調で告げる。


「……それだけなら良かったけどな」


含みと重々しさを感じる伊遠の呟きに、茉莉は嫌な予感を感じ取る。施設を買収した一族に引き取られた候補者達の身に、何かがあったのは間違いない。


「つか。下手したらお前の親族も聖女の候補者に選ばれてたぞ」


伊遠の聖女候補に選ばれていたと言う言葉に反応し、茉莉は反射的に伊遠を見る。自分の親族が候補者に選ばれていると聞いた茉莉は、再び表情を曇らせる。


「資料室で以前の聖女候補の名簿見てたら、琳ちゃんと瑠奈ちゃんの名前が上がってた。幸い条件を満たしてないから候補からは外れてた」


妹と従妹が候補から外れたと聞きホッと息を吐く茉莉。


「話がそれたな。次の聖女になる条件は『ガルーダ』と契約している事」

「ガルーダ? 何なのそれ」

「異能力者を守る一種の守護霊みたいなもんだ。これと契約してないと聖女になれない。歴代の聖女は皆ガルーダと契約していたし、例外はない」


「珍しい守護霊が必要って、簡単に見つかるものなの」

「簡単じゃないよ、ガルーダも滅多に見つかるものじゃないらしい。だから今では世間から隔離されている聖女候補者を探すのにも難航してる。それに候補者をガルーダと契約させる以前に、ガルーダを探し出す事自体も難しいんだ」


聖女の話を聞くにつれ、茉莉の表情も重々しい物に変わっていく。世間や人から隔離される、と言うのは自分自身の自由がないと言う事だ。例え食に恵まれ綺麗な服や宝石で着飾ったとしても、一生外に出ることも他者と話すこと接することも許されない、籠の中で飼われたペットのような不自由な生活。常に自由を求める茉莉ならば、このような生活到底耐えられない。


「聞けば聞くほど、貴方のいる組織上層部も複雑なのね」

「…だと良いんだがな」


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